第527話 キール、ワイアットにダメ出しをする
その酒宴の次の日。
クルシュ暦372年3月6日――。
昨晩、酒宴の解散の折に、ワイアットが明日教会でまたな、と声を掛けてきた。キールは、ああ、また明日と応えておいた。
実際のところ、ワイアットとはほとんど何も話せていない。これまでの事これからの事について、一応言えることは言っておいた方がいいとそう思っている。
おそらくのところ、ワイアット、いや、ウィリアム王子には今後もいろいろと世話になる(世話をすることになる?)かもしれないからだ。
ローベの街に補給港が完成すれば、キールは実質上、このローベに移り住むことになるだろう。
今後も発生するであろう『試練』に対応するため、船とリーンアイムの翼は欠かせない。北の大陸内が目的地の場合はリーンアイムに頼ることになるし、海の向こうが目的地の場合は船を頼みとすることになる。
今回の目的地、ユニセノウ大瀑布はこのローベからさらに西の大海の只中にある。
距離としては、おおよそ、船で2日から4日というところだ。
つまり、一度ローベを出ると、往復でおおよそ4日から8日は海上にいることになる。
その間の食糧と水をしっかり積んでいかなければ、帰ってこれないかもしれないのだ。
その食料や水はこのローベで用立ててもらうことになるわけで、結局のところ、ハーマンさん(つまりワイアット)を頼ることになる。
そういう意味においてもワイアットとは情報を共有し、関係を保って行かなければならない。
キールは、約束の時間である、昼過ぎに丘の上の教会へ向かった。
教会の扉を開けると、昨日と同じ場所にワイアットが腰かけていた。そしてすぐそばにはオズワルド神父の姿もあった。
「おお、キールか、早いな。約束の時間まではまだ間があるぞ?」
「そっちこそ」
「ああ、俺は昨日ここで寝たからな――。王城にあれだけ飲んだ状態で帰れば、いろいろと面倒なんだよ」
「まったく、これの性分はいつまでも変わらぬわ。いい加減に王子としての自覚をだな――」
「オズワルド神父――、それは無理だぜ? 俺ぁ、国政には向いてねえよ。そういうのはアーノルドの方が達者だ。それに、俺は、船に乗ると決めてるしな――」
「船じゃと?」
「ああ、おおかた政治の方が落ち着いたら、俺はキールと一緒に海を疾走する約束をしてるのさ」
「本当なのかい、キール殿?」
「ええ、まあ。半分強引にですけど――ね」
「ちゃんとした契約だろ?」
補給港建設の許可の代わりに要求されれば、さすがに嫌とは言えないのだから、半ば強制的だろ、とキールは思ったが、確かに、交渉の結果とも言えなくもない。
「まあ、今日はその話じゃねぇんだ。明日、昨日話した「お客」が王都に到着する。お前、「アンテナ」って知ってるか?」
「ああ、もちろん知ってるよ」
「よかった。話が早い。実は客というのは――」
「クリストファー・ダン・ヴェラーニ教授とその奥方のフランソワさまだろ?」
キールの言葉を聞いたワイアットが目を丸くする。
「――お前、どうしてそれを?」
「ワイアット。失礼を承知で言わせてもらうと、キュエリーゼは経済的にも政治的にもいい国だけど、諜報が少々弱いところがあるぞ?」
「それはどういう事だ?」
「僕とヴェラーニ教授の関係についての情報が無いというのは、魔術院の諜報能力が低いということさ。優秀な国家魔術院なら、恐らく僕とヴェラーニ教授とミリア・ハインツフェルトが同じメストリル王立大学出身で、友人関係だったことはすでに知っている事実だよ」
キールは少々きつめの苦言を呈した。この分ではおそらく。ヘラルドカッツ国家魔術院院長レイモンド・ワーデル・ロジャッドが計画している国際魔術師機構の構想まで辿り着くのは至難の業だろう。
「――そうか。そうだったのか。お前と教授が友人関係だとは……。これは、使えるじゃないか――」
「え?」
「キール、明日はお前も一緒に会談に立ち会ってくれ。実はアーノルドと一緒に臨むつもりだったんだが、アーノルドのやつが早文を寄こして、まだ帰れないと言って来たんだ。俺は、アーノルドに難しいことは任せてたから、要領を得ない。というわけで、よろしく頼む――」
なんてことだ。
昨日の今日ですでに明日まで――。
キールは、やはりワイアットと出会うと面倒事が増えるというこの考えをこの時、完全に胸に刻み込んだ。これからもワイアットと一緒のことが増えていくだろう。ここで、「知らない」とはさすがに言えない。
「――はあ、もう、分かったよ。その代わり、だ」
「な、なんだよ?」
「値切り交渉は聞かないよ?」
「ああ、もちろんだ。友人割引などは当てにしちゃいないさ――。そもそも、お前と教授の関係なんて、いま知ったばかりなんだからな?」




