第525話 魔法勝負
「さっさと歩け!」
どん、と背中を押され、思わず前によろけるハーマン。
場所を移すとか言ってたなと、ハーマンは思い返す。場所を移されたら、さすがに救援への期待はかなり薄くなる。
(――さすがに自力で何とかしないと、だな。仕方ない――、奥の手を使うか――)
とは言っても、どこまで通用するかはわからない。それこそ10年ほど前であれば、私の「女っぷり」もまだまだ「金」を上回っていただろうが、今となっては微妙なところだ。
どうやらこの賊どもの頭らしいあの魔術師は、「女」よりも「金」の方が価値を感じるタイプのようだ。
(いや待てよ――? 私を何処かへ売り飛ばすつもりだとか言ってたな。なら、それ以上の「金」を出せばあるいは――)
そんなことを思案しながら賊どもの後に続く。小屋を出るとそこに用意されていた馬車に乗るように促された。
(いずれにしても、今晩が勝負ね――。なんとか抜け出さないと。とにかく、解放されればやりようはあるわ――)
そう決心し、馬車に足をかけたときだった。
「――ドラゴンだ! ドラゴンがこっちに向かってくるぞ!」
と、賊たちの一人が空を指さして言った。
ハーマンもまたつられて空を見上げる。
たしかに、一頭のドラゴンが宙を舞い、真っ直ぐこちらに向かっているのが見えた。
「騎竜魔導士ミリア・ハインツフェルトか――? しかし、こんなところをどうして――。しかもあっちは海の方角だぞ?」
賊の頭目魔術師が呟く。が、すぐに思いなおしたのか、周囲の手下たちに指図する。
「――『七彩光』なら、東へ向かう途中だろう。気にするな。こちらの馬車には幌を被せてある。積み荷は空からではわからない。それよりも急げ。日が暮れると面倒だ」
手下たちも、その言葉に納得し、残った荷物を手に馬車へと乗りかける。
手下の人数は6人。頭目を合わせれば7人だ。
(この魔術師がいなければ何とでもなるんだけど――)
せめて、もう少し距離を縮められれば――と、ハーマンは考えるが、相手の魔術師もそこはなかなかに隙を見せない。
「ほら乗るんだ!」
と、手下の一人が、背を突く。
「わかったわよ、触らないで!」
と、睨みつけると、ハーマンは幌馬車の荷台へと身を滑り込ませた。
その時だった。
一陣の突風があたりを吹き抜けた。
幌馬車がその突風にあおられて左右に揺れる。
「――な!? どうしてこっちに!?」
「ド、ドラゴンだぁ!!」
外にまだ残っていた賊どもが喚く。
「――くそ! まさか、俺たちが目的だったとは――! 得物を出せ! おい! どこへ行く!?」
外の様子が気になったのか、すでに幌の中にはいっていた賊たちも表に駆け出てゆく。
「ひゃあ! 本物!! こんなのに勝てるわけねぇ! に、にげろぉ――!」
賊が叫んだのが聞こえる。
ハーマンの周りには誰もいなくなってしまった。が、縄は幾重も腕ごと体に巻き付いているため、手は使えない。
仕方なく、そのまま立ち上がると、馬車の荷台から表へと身を投げた。
「うぐっ! さすがに、この格好で受け身を取るのは難しかったか――」
そう思っているところに、さっと駆け付けた人影があった。
「――しまった……」
「おお? これはこれはちょうどいいところに転がり出て来たな? 俺にもまだ運があると見える」
ハーマンが転がった先にいたのは、頭目魔術師だった。
ワイアットは、ドラゴンの背から飛び降りると、馬車の方へと向かってゆく。
恐れおののいた賊のうち3人ほどが森の中へと駆けこんでいったが、今はハーマンの身柄を確保するのが先だ。
賊の中に黒いローブに身を包んだやつが一人いる。
おそらく魔術師だろう。
賊どもの様子から見て奴が頭目に違いない。
ワイアットは迷わずその「黒ローブ」へと近づいてゆく。
ハーマンに何かしていたら容赦しない――。
「黒ローブ」は距離をとろうと馬車の後方へと移動する。
その時に馬車から何者かが飛び出てきた。縄にまかれた女――、ハーマンだ。
「――俺にもまだ運があると見える……」
その男がそう嘯いた。
そして、ワイアットの方を見ながら、ハーマンに向かって手をかざした。
「あっ――」
と、ワイアットが声を上げる。魔法を発動させると思ったからだ。
「氷結――!」
「土盛――!」
だが響いた声は男のものだけではなかった――。
しかも、「女」の方が遅れて錬成したにもかかわらず、ハーマンとローブ男の間に土壁が出現し、ローブ男の「氷結」は、その土壁に阻まれたのだ。
「――なにぃ!? 俺より遅れて錬成したのに、俺よりも早く発現するだと!? しかも、その場所から――。 くっ! 物体移動!!」
「木の蔦――!!」
またしても男の後に女の詠唱が――。
「物体移動」で、一気に距離をとってこの場を離脱しようと試みた魔術師は、地面から現れた無数の草木の蔓によって絡めとられてしまった。
「く、「風刃」!!」
「石の檻――」
最後に若い男の声が静かに響く――。この声はキールの声だ。
敵の魔術師は風の刃で蔓を切断したが、それと同時に、周囲に現れた石の檻に囲まれてしまう。
「――そこまでだ。魔法勝負では僕たちの方が完全に上回っている。それともそのまま焼き殺されたいか?」
そしてキールが冷たく言い放つ。この声色には一切の感情が存在しない。相手の魔術師の次の行動次第では容赦なくこのまま焼き殺すことだろう。
「――いや。止めておく。お前、もしかして、『稀代』か――。なるほど、『シュニマルダ』を壊滅させるわけだ」
その魔術師はそう言葉を発して手を上げた。




