第522話 やはり事件勃発
「実はな――」
と、ワイアットが話し始めた。
キュエリーゼ王国王都から東の隣国ヘラルドカッツ王国へと続く街道は基本的には一本道だ。
途中に中継点である二つの街が存在している。街道は真っすぐ東西に引かれているわけではなく、大きく南北に湾曲している形状となっている。
キュエリーゼから見ると、南東に進んだ後、北東へ90℃変針し、そこからしばらく行くとまた90℃変針して南東へ進む。おおむねそんな形状だ。そして、その道中の各変針地点に中継点の街、デルチェリーザ(キュエリーゼ領)と、レーネブルク(ヘラルドカッツ領)の二つの街があるという位置関係である。
「――このデルチェリーザの南に、レクラスタ山という山があってな、どうやらそこに山賊どもが根倉を張っているという報告が入ってる。キュエリーゼの問題点でもあるんだが、ウチの国は土地柄か、賊どもが頻繁に発生するのさ――」
ワイアットの言う『土地柄』というのは、おそらく、交易が盛んであるということを言っているのだろう。
もちろん、各国間をつなぐ街道には、それなりの警備を割くだろうが、大国と小国ではその警戒網に差が出るのは当然の理屈だ。
ヘラルドカッツ王国側にはおそらくかなりの人員が割かれていることだろう。だが、キュエリーゼ王国に入ったとたん、その警備の差は歴然と現れることは否めない。
賊どもが狙うのは、街道を行く商団や、行商、輸送団などだろう。そして、同じ強奪を行うのなら、警備の手薄な方でやると決まっている。
その賊どもが、デルチェリーザ界隈で、悪事を働いているというわけだ。
「ウチの国には、北、東、南の三方への街道と、海岸線の警備が必要なんだ。それで、大抵の場合、即座に対応することは難しいのさ。だから、急ぎの場合は冒険者ギルドと連携を取るわけだが、この冒険者ギルドが今は当てにできない状況なのさ」
どうも、最近キュエリーゼ王国内で発見された新しい「迷宮」が『宝物拾い放題』を迎えているらしく、冒険者たちがこぞって迷宮探索へと潜っているらしい――。
「それで、急遽の対応が難しくなっているところに、『お客様』の来訪予定が重なっちまってる。しかも悪いことに、その『お客様』がヘラルドカッツ王家ゆかりの客人と来ている――」
キールはその『客人』について当然覚えがある。間違いなく、クリストファーとフランソワのことだ。
「――それで、取り敢えず、ハーマンに相談して、手練れを数人派遣してもらったんだが……、まさか、こんなことになるとは――」
「こんなこと?」
「ああ、ハーマンが攫われた――」
「え? ハーマンさん自身も行ったのか?」
「アイツ、そういうところがあるんだ。集められる部下が少なかったんだろう。それで自分も行ったらしい。あいつもそこそこの剣術使いなんだが、攫われたとなると、もしかしたら魔術師が絡んでやがるかもしれない――」
「いつの話だ?」
「昨晩発って、さっき報告が入った――」
「つまり、今日の午前中ぐらい、か――。ワイアット、急がないとハーマンさんたちが危ないぞ?」
「ああ、分かってる。それで、一人で行くしかないかと心を決めかけていたところだったんだ。そして、ちょうどそこにお前が来たってわけだ――」
恐らくハーマンさんは、夜のうちにデルチェリーザへ移動し、少し休んでから、今朝のうちに襲撃をかけた可能性が高い。そこから、落ち延びた誰かが、街道警備か街の衛兵に報せ、先程ワイアットに報告が入ったということだろう。
「――そうか。弟さん、アーノルドさんはどうなんだ?」
と、一応キールは確認してみる。
「アイツは今、公務で南のレクスアースへ行っている――」
ワイアットは苦虫を噛み潰したようなしかめ面で答えた。
「分かった、なんとかするしかないね――。ワイアット、もちろん来るよな?」
「キール! 来てくれるのか!? すまない! この埋め合わせは――」
「いいよ、もう。僕にとってもハーマンさんは重要人物なんだ。彼女に何かあってからでは遅いからな? それに――」
「それに?」
と、ワイアット。
クリストファーたちもこちらへちょうど向かっているところだ。今日は手前のレーネブルクだろうが、明日はデルチェリーザへ入るだろう。もし万一があっては困る話だ。
「そのヘラルドカッツからの『客人』に何かあれば国際問題だしな。カーゼル王の怒りを買うのは、都合が悪いだろ?」
もちろんだ、というワイアットの返事を受けて、キールはワイアットに、一時間後に東門で落ち合おうと声を掛けて、教会の扉を開ける。
クラーサの葉をたくさん抱えたオズワルドとちょうどすれ違ったが、挨拶もそこそこに事情はワイアットから聞いてと告げて、港町の方へと丘を降りていった。




