第519話 西国道中~レーネブルクまで
クルシュ歴372年3月4日――。
クリストファーとフランソワはヘラルドカッツ王室専用馬車で西へ向かっていた。
今回の目的地はキュエリーゼ王国。
ヘラルドカッツの西の隣国であり、海洋産物の多くはこのキュエリーゼから仕入れられている。
両国の関係は古くから親交があり、ヘラルドカッツ王国の国王カールス・フォン・ヘラルドカッツェと、キュエリーゼ国王アスロート・ヴァン・キュエリーズは『盟友』であると世間には知られている。
過去にこの二人がどういう関係であったかは詳しくは語らないが、共に戦争に明け暮れる世界を悲観し、互いによく議論を交わした仲だったとだけ触れておく。
この遠征にあたり、フランソワは一通の書簡を父王から託されている。
それは、病床に就いてすでに久しいアスロート王宛の書簡であった。
「フランソワ様、旦那様、中継の街が見えてまいりました。お疲れさまでした。もうしばらくのご辛抱です――」
御者台の隣に座っていた執事のユルゲン・ゲルハルトがのぞき窓から声を掛けてきた。
カインズベルクからキュエリーゼ王都に至る道は西への一本道である。
キュエリーゼに至る道のりは約3日だ。もちろん、昼夜問わず走ることが出来れば半分ほどで到着するのだが、馬車であるためそうはいかない。
その為、この道中には二つの宿場町が設定されている。
一つは、ヘラルドカッツ王国の西の果ての街、レーネブルク。そしてもう一つは、国境を越えたすぐのところにある、キュエリーゼ王国の東の玄関口、デルチェリーザ。
ユルゲンが「見えた」と報告したのは、一つ目のレーネブルクの方だ。
「しかし、馬車旅というのもなかなかに疲れるものですね、教授。まあ、私にとってみれば教授と一緒にいれるならどこだって構わないのですけど」
と、フランソワがやや疲れた表情で懸命に笑顔を作って話しかけてきた。
クリストファーはそんな妻の表情を見て、相変わらず嘘が下手な子だと頬が緩む。
「――そうだね。今晩はゆっくり休めるといいね。そう言えば、レーネブルクは畜産が盛んらしく、ソーセージや肉料理が名物だって、デジムさんが言ってたな」
と、応じるクリストファー。
「デジムさん? ああ、もともとは確かヘラルドカッツ王立大学の学生さんで、今、教授のお手伝いをしている方でしたわね?」
「うん。年齢は4つほど上になるのかな。大学時代は、あちこち放浪の旅をしていて、単位取得に在学期間いっぱいを使っても取得できなかったって言う変わった人でね。でも、ものすごく頭の回転はいい人で、アイデアマンでもあるんだよ?」
「ふうん。でも、それって、とても怠け者さんってことではないのですか?」
「ははは、たしかにね。そういう見方もできるんだろうけど、どちらかというと、興味を持ったものにのめりこんで時間を忘れてしまうってタイプだね。だから、人から見れば、無計画で奔放という風にも見えるかもしれないね」
クリストファーは初めてデジムと会った時のことを少し思い出して、思わずふっと笑ってしまった。
「教授?」
「あ、ああ、ごめん、ちょっと、昔のことを思い出してね――」
「昔のこと?」
「うん、デジムさんと初めて会った時のことをね。あの人、ジュール遺跡に忍び込んできたんだよ」
「忍び込んできたのですか?」
「うん、入るところまでは誰にも気づかれなかったんだけど、さすがに衛兵の一人が気付いてさ。そこから、大立ち回りだったよ」
「大立ち回り?」
「ああ、デジムさん、結構身体能力が高くてね。衛兵たちが数人束になって掛かってもなかなか捕まえられなくてさ。最後には結局衛兵が6人がかりで圧し込めて、ようやく取り押さえたのさ」
「衛兵が6人――、それは相当凄いですわね?」
「そうなんだ、聞くと、あちらこちらに放浪の旅をしてて、冒険者まがいのこともよくやってたらしいんだ。それで、武術や体術が自然と身についたんだって」
その後デジムがクリストファーに質問攻めをして、ジュール遺跡や科学の話を聞いたデジムが、俺にも手伝わせてくれと詰め寄ったのだ。
結局その剣幕に圧されて、少しだけなら、と答えてしまったクリストファーは、最終的にはデジムを研究チームに招くという決断に至ったのだが、その話は拡げてもさしたる面白みはないため、割愛しておく。
「――せっかくだから、今晩は肉料理を頂くとしよう。まだ、日も高いから、宿の人にお願いしても段取りしてもらえるだろうから。もし、間に合わないなら、どこかの料理屋にでも行けばいいし――」
「わあ! それは楽しみですわね! そしたら、お部屋に帰ったら――」
「――今晩は、早く寝るよ? 旅はまだ始まったばかりなんだ。明日も馬車の中だからね。もし君の体調が悪くなったりしたら大変だからね?」
と、クリストファーは牽制しておく。
最近二人の距離がぐんと縮まったことはクリストファーもとても嬉しく思っている。もちろん、子供が出来れば、それはとても喜ばしいことだ。
だが、今回の旅はそれほど長くはないとはいえ、あまり時間的な余裕がないことも事実だ。どうしたって、フランソワにも無理を強いてしまうところがある。
だから、道中は出来るだけ、しっかりと体を休めながら進みたい、と、そう考えていたのだ。
「――そ、そうですわね。私も教授の足手まといにはなりたくありませんわ」
「ごめんね、フランソワ。また、帰ったら――ね」
「え? な、なにを仰るんです!? 私は何も――!」
「えー、おほん! そろそろ城門に差し掛かります。そのようなお話はお控えください――」
ユルゲンさんの声が馬車のかご内に響く。
二人は慌てて口をつぐんだ。




