第516話 「普通の魔術師」対「素人魔術師」
「新しい枠組み、ですか。それで?」
と、レイモンド院長がさらに先を促してくる。
現代における魔術師の統制は「力」によるものの方が大きい。その「力」とは錬成とクラスによる魔術師のランク付けだ。
例えば、『三大魔術師』と呼ばれる3人の超絶魔術師は、『世界最強の魔術師』と同意である。
それは彼ら3人が皆、錬成「4」という規格外な能力を持つからに他ならない。
『現在最強の魔術師は?』という問いに対し、この『三大魔術師』のうちの誰かの名を上げるものはおそらく全人口の8割以上であるだろうし、全世界魔術師のおおよそ9割は彼らを選ぶだろう。
結局は、「強きもの」に対し畏怖し、互いを牽制しあいなんとか均衡を保っていると言ったところだ。
戦争が終わり、数十年が経過しているにもかかわらず、今もなお、影で暗躍しているのが国家魔術院であるが、それは『自由経済主義』の建前上、表立って、きな臭いことはすべきでないという微妙なバランスの上に成り立っている。
(これには、『三大魔術師』たちが、目を光らせているということが大きく働いている――)
と、キールは見ていた。
彼らが、じっと小国で雌伏しているがゆえに、そのバランスが保たれているのだ。もし仮に彼らのうち一人でも大国の国家魔術院長であったなら、あっという間にその勢力図は塗り替えられてしまうだろう。
いや、彼らがそう命じなくても、配下の魔術師たちがそう動くことになる。なぜなら、そもそも『魔術師』という存在は、強くなければ生きていけない、まさに『弱肉強食』の世界に生きる存在だからだ。
これが、現代の魔術師世界の在り様だ。
「――ですので、「力」ではなく「組織」、つまり「統制」が必要だと考えます。そしてその頂点に立ち、これを仕切るものは、『三大魔術師』以外のものでなくてはなりません」
と、キールは言い切った。
まさしく『絵に描いた餅』である。
そんなものに全世界の魔術師たち、殊に、国家魔術院に属する魔術師たちが従うだろうか?
だが、今もなお影でひっそりと暮らしている非魔術院所属魔術師たちが、安寧の中で生活できる世の中というのは、「力」の世界では実現できないということは明白なのだ。
「――たしかに『絵に描いた餅』ですね」
と、レイモンド院長は乗り出していた身体を少し退いて腰掛け直す。
その様子を見てキールは、やはり、無理なことだったかと、思った。乗り出していた身を退くというのは、その話に興味をそそられなかったという意思の表れだと、そう見たのである。
しかし、レイモンド院長の次の言葉は、キールの意表を突くものだった。
「キール・ヴァイス――。あなたはやはり、放っておくわけにはいきませんね――。ちなみにその新機構の長は誰が適任だと考えますか?」
「――それは――。僕にはわかりません。僕はそれほどに魔術師世界に詳しくはありません。ですが、もしどのような人物か、と問われれば、こう答えます。『それは普通の魔術師でしょう』と」
「『普通の魔術師』――ですか。ふ、ふふふ、これは恐れ入った。まさかあなた、その話まで聞いていたわけではないでしょう。なるほど、『氷結』が、いや、『三大魔術師』が皆、あなたを特別だと見ているのがよく分かりました。――ちなみに、現代においてはすでに『三大』ではなくなっていることに気付いておられるのですか?」
「――確かに、その称号が錬成「4」というものでの括りなのだとしたら、僕も入れられるのでしょう。ですが、僕は魔術師としてはとても未熟で、ただそれだけで彼らと肩を並べられるとは思ってもいません。それに、恐らくヘラルドカッツ国家魔術院がもし僕を捕えようと総がかりにされれば、僕はあえなく捕らえられるでしょう。その点、他の『三大魔術師』とは大きく異なります。――彼らならそれこそ無傷で、しかもこちらへの被害も最小で済ませたうえ、涼しい顔をして帰るのでしょうから」
これはキールの本心だ。
もし仮にそのようなことが起きれば、黙って捕まるわけにいかない場合は、それこそヘラルドカッツ王国を相手取って戦争を起こすつもりで、大打撃を与えるしか方法は無くなる。今のキールに、「手加減」など、出来る余裕はない。
そうなると、結局は、おとなしく捕まり、脱出する方法を考えることになるだろう。
「――おとなしく捕まる、ですか。でしょうね。そうでなければ、戦争が起きますからね。ですが、捕まえても逃げるのでしょうね。それがあなたのやり方ですか?」
「――僕は、基本的に争うのは好きじゃないんで……、ね」
レイモンド院長はここで大きく息を吐いた。
そして、今一度居住まいを正す。
「――キール殿。実は、『三大魔術師』と同じことを話しました。この世界に新しい魔術師の秩序を作るのは「超絶魔術師」ではなく、『普通の魔術師』でなければならない、と」
レイモンド院長が表情を引き締め、キールの目をじっと見る。
「『国際魔術師機構』――。私はこれを創設しようと考えています。『三大魔術師』たちとはすでに話が纏まっています。彼らは、これに批准する「予定」になっています――」
「「予定」――ですか」
「ええ、「予定」です。要は、その機構の出来栄え次第ということです。キール殿、あなたはどうですか?」
「――僕は……。そうですね、レイモンド院長が創る機構なら、安心できると思います。おそらく、院長なら僕が思っているものに限りなく近いものを創ってくれそうな気がしますので」
「――責任、重大、ですね」
「気楽に、ですよ。意外と成るようになるものです」
「そうでしょうか?」
「そうです」
会談はここまでとなった。
キールはどうやら無事に帰路につけそうだと胸を撫で下ろしていた。




