第515話 迷宮の摂理(ダンジョンズ・プロヴィデンス)
「やったか?」
「ああ、もう動かねぇな――」
「――ところで、アステリッドは、どうしたんだ?」
「ああ、さっき、あのあんちゃんが、もうあてにできないとか言ってたが――」
ランカスターとレックスが声を掛け合いながら、勝利を確信し、次いで、アステリッドの方をようやく振り返る。
すると、アステリッドが膝をつき、肩で息をしているのが目に入った。
「――――!! アステリッド!?」
言うなりダッと駆け出したのは、ランカスターだ。ランカスターはアステリッドの元まで戻ると、疲労困憊気味のアステリッドの傍に寄り、再び声を掛ける。
その際周辺に点在する、黒こげの灰の方にも気が付いた。
「――奇襲!? アステリッド、大丈夫か!? どこかケガしてるのか!? どうして――?」
と、矢継ぎ早に質問を連打する。
「――どうして、言わなかった、とか、言う、つもり、ですか? 私は、だい、じょうぶ、です。すこし、つかれ、てる、だけですから――」
と、途切れ途切れに言葉が返ってくる。
「そう、か――。それなら、よかった。やっぱり奇襲、だったんだな? 相手は――【リトルフッド】たちか――いったい何体倒したんだよ……」
「――――――うるさいですよ。ちょっと、静かに、して――も、らえ、ま――、せん、か――」
ランカスターの問いに、アステリッドが返しきれずに、その場に倒れ込んだ。
「ア、アステリッド――!!」
ランカスターが慌てて、アステリッドを揺すろうと手を伸ばす。
「おい、小僧――。娘に許可なく触れることは許さんぞ? 手を引くんだな?」
と、やや低い声が響く。リーンアイムだ。
「ランカ、大丈夫だ。リーンアイムさんによると、魔力枯渇による極度の疲労状態らしい。数分もすれば、歩けるようになるってよ――」
とは、レックスだ。レックスも、ランカの傍まで寄ってきて、アステリッドの状況を説明した。
ランカスターは、ようやく、そうか、よかったと零すと、その場に尻もちをついて、両手掌を地面につけ、座り込んだ。
周囲を見渡すと、篝火が静かに火を湛え、部屋を照らし出しているが、もう魔物の気配は一切しない。
冒険者ならだれでも知っている「迷宮の摂理」と言うものがある。
その一つ。ボス部屋のモンスターたちは、少なくとも討伐パーティが部屋を出るまでは復活しない――。
どうしてそうなのかは、未だ謎に包まれている。
まあ、そもそもこの「迷宮」がどうして現れるのか、や、湧きスポットとどう違うのか、など、モンスター(=魔物)に関してはとにかく未解明の事柄が多い。
いや、冒険者ギルドが積極的にこれを解明しようと試みていないというのも一説には言われている。
理由は単純だ。
『だって、魔物がいなくなったら、俺たちはどうして食っていくのさ?』
ということらしい。
もちろん、ランカスターもそう考えているうちの一人だ。そして、それがこの世界の冒険者の標準的な在り様だった。
事実、国家魔術院などはこれについて探求をしているのだが、未だにそのメカニズムは解明されていないし、「魔物」が何なのかも、解明できていない。
「魔物」にも様々な個体があり、そもそも死体も数分から数時間で、いつの間にか消えてしまうという性質をもつ者もいれば、いつまでも残り続けるものもいるという、とにかくその存在自体が謎なのである。
一説には、魔素の歪みから生じたとか、誰かが魔法で送り込んでいるとか、動物が変容したものだとか、あるいは、異世界からの侵略者の手先だという荒唐無稽な説までさまざまだ。
しかし、総じてこの世界では、『魔物=人を襲うもの』という定義で片付けられている。 そして、もう一つ――それは、稀にであるが魔物が何かを落とすことがあることだ。
「――お? この灰のなか、なんか光ってないか?」
と、レックスが、アステリッドの周囲に散乱する消し炭の一つの中に、赤い石を見つけた。
「なるほど、赤嶺石――だな。人族どもは好んで宝飾品などに使うのではないのか?」
と、リーンアイム。このドラゴン族の知識はなかなかに便利だ。
「赤嶺石――!? まじか!? そこそこの宝石だぜ? いくつあるんだよ?」
と、ランカスターが立ち上がる。
「さあな――。それに、あの【ジャイアント・サイクロプス】どうする?」
と、レックス。
「どうって――、一応討伐証拠を持って帰らないとな――」
「だから、それをどうするって聞いてんだよ」
「角の先端でも持って帰ればよいだろう。冒険者ギルドには魔物どもの膨大なデータが蓄積されていると聞いている。何か特徴的なものがあれば充分鑑定できるのではないか?」
と、二人の会話を聞いていたリーンアイムが答えた。
「――そっちはお前たちに任せる。我は、この娘の魔力を少しでも早く戻すよう治療を試みるとしよう」
そう言うと、リーンアイムはアステリッドをひょいと抱え、サイクロプスの居た奥にあった台座の方へと向かっていく。
リーンアイムは、アステリッドを、その台座に横たえ、両腕をアステリッドにかざすと、魔術詠唱を開始しはじめた。
自分には触れるなと言っておきながら、構わずアステリッドを抱えてゆくリーンアイムを納得いかない表情で見つめていたランカスターに、レックスが声を掛けて促す。
二人が、その後、周囲の灰の中から3つほどの赤嶺石と、サイクロプスの角の先端を採集し終えるころには、アステリッドも気が付き、自身の腕の中に戻ってきた『星空の短杖』を大事そうに抱きしめていた。
そのやわらかな表情を見たランカスターは、改めてこのアステリッドの美しさを再認識させられていた。




