第513話 錬成「2」と「3」の差
「いつの間に――!?」
アステリッドは、周囲を取り巻く小人のような魔物たちを忌々しげに見つめながら、対応策を考える。
アステリッド以外の3人はサイクロプスに意識を集中していて、こちらの状況にまだ気づいていないようだった。
サイクロプスと3人の攻防は、3人がやや圧していて、すぐとはいかないまでも、そのうち倒すことができるように見える。が、一人でも手を緩めれば、一気に圧し込まれてそれこそ大ダメージを喰らうものが出るかもしれない。
(やっぱり、自分でどうにかするしかない――)
アステリッドは覚悟を決めた。そしてその瞬間、【リトルフッド】たちもまた、意を決したようで、十数匹いる者のうち2匹がアステリッドへ向かって飛びかかってくる。
【リトルフッド】が手にしている武器は、ナイフのような小型のものだが、もちろん一撃でもまともに喰らえば、瀕死の重傷になりかねないものだ。
「火炎弾――! 火炎弾――!」
アステリッドは素早く術式錬成し、2発の火の玉を順に飛ばす。
1発目の火炎弾を発射後、即座に2発目を錬成し発射したのだ。
相変わらずの速度と精度で、2発ともが向かってくる【リトルフッド】に見事に命中する。空中でその火の玉に迎撃された2匹は、そのまま、炎に包まれ、床に落ちる前には消し炭と化していた。
(2匹――はなんとかなるけど……)
3匹同時に来られたら、1匹は間に合わないかもしれない――。アステリッドの周囲を取り巻く【リトルフッド】たちがじわりじわりとその囲みを狭めてくる。
(これが錬成「2」の限界――。ミリアさんのように「3」あれば、撃ちながら守れるところを――)
アステリッドの錬成は「2」。つまり、2個の魔素子を同時に使用することができるということだ。
『火炎弾』は、単独魔術式ではない。『火炎』という火の魔素をつかう魔術式と『突風』という風の魔素をつかう魔術式の錬成魔術式なのだ。
つまり、アステリッドは『火炎弾』を同時に2つ以上生成できない。
ただ、錬成速度と精度だけは、ミリアさんよりも高いと言われている。つまり、術式発動までの時間がとても短いのだ。
しかし、【リトルフッド】にもわずかながらに知能はあった。今度は、3匹が一気に飛びかかってきた。
「火炎弾――! 火炎弾――! 火炎弾――!」
これまでにキールさんや、『翡翠』さまたちと何度も何度も訓練してきたのだ。キールさんが生成する「4つ」の「土塊《的》」をできる限り素早く打ち抜く。そう言う練習もよくやった。
(まだ、まだよ。もっと、もっと速く――!!)
3匹を撃ち落としたアステリッドはなおも攻撃態勢を解こうとしない【リトルフッド】に集中する。残りはまだ10匹以上いる――。
きしゃあああ――!!
その中の一匹が急に吠えた。
その瞬間、リトルフッドたちが一旦数歩下がる。
これまで縮めていた包囲を拡げたのだ。
(え? なに――?)
アステリッドが一瞬逡巡した。その行動の意味がわからなかったからだ。
しかし、その分、少しだけ対応が遅れることになる。
今度は4匹が一気に飛びかかってきたのだ――。
「くう! 火炎弾――! 火炎弾――! 火炎弾――! 火炎――! わぁ!!」
最後の4発目を発射する前に、【リトルフッド】のナイフがアステリッドの頬をかすめる。
アステリッドはかろうじて体を倒し、地面を転がって回避に成功したあと、
「この! 火炎弾――!」
と、ようやく4発目を発射し命中させた。
きしゃきしゃきしゃ――!
またもや、耳障りの悪い雄たけびが聞こえると、今度は【リトルフッド】たちがアステリッドの周囲をぐるぐると回転しだす。
(くそ、このままじゃ――。もっと、もっと速くよ、リディ――!)
アステリッドは自分に発破をかける。出来なければ直撃を喰らってしまうのだ。いくらか減ったとはいえ【リトルフッド】たちはまだ、10匹近くいる。
一撃でも直撃を喰らえば、一気に畳みかけられるのは明白だ。
(やれなきゃ、やられる――)
そう心を決め、とうとうアステリッドは「もう一本の短杖」に手を伸ばした。
これまでは、触媒無しで錬成していたのだが、やはり「杖」があるとないとではいくらかの差があるのはわかっていた。だけど、この「杖」は出来る限り使うなと、『漆黒』ネーラさまから戒めを掛けられている。
(でも――、もう、これしか無い――。これで決着をつければ、なんとかなるはず――)
アステリッドの心は決まった。
たとえ、この『深淵の血潮』が私にはまだ早いとしても、やれなきゃ死ぬんだから、一緒だわ――。
アステリッドは右腰に差していた杖身に手を掛けると、ついにその杖を抜き構えた。




