第511話 それぞれの決断
アステリッドたちはさらに探索を続ける。
かなり奥まで進入してきていると言っていいだろう。
まあ、行くより戻る方が速いのは「迷宮」の常だ。ここまでかかった時間の半分もかからず地上へ戻れるはずだ。
しかし、それにしてもあの【リトルフッド】にはまだ出会えていない。
「あの」というのは、あくまでも「短杖をもった」という意味であり、その個体を識別する何かがあるわけではない。なので、すでに手放しているとすれば、そいつを判別するのは難しいと言える。
そうして、奥へ奥へと進んでいくうちに、4人は、とうとう最奥部まで行きついてしまった。
「どうやら、ここまでのようだ、な」
と、レックスが地図を描き終えて言う。
「おいこれって――」
「ああ、間違いなくボス部屋、だろうな――」
ランカスターの言葉にレックスが返す。
今4人の目の前には、明らかに異様な文様を象った、3メートル以上もある大きな鉄門扉が佇んでいる。
そして、ここでこの「迷宮」は行き止まりになっていた。
「――ふむ。ここまでしらみつぶしに見てきて、どこにも無かったのだ。なら、ここにあると見て間違いないだろう」
と、リーンアイムが言った。
「――まあ、そうだろうな。でも、だとすれば、相手は迷宮ボスということになるぜ? 湧きスポットもあるかもしれねぇ」
と、レックス。
「――でも、まあ、やるしかないんだろうけど……、どうする、リーダー?」
と、ランカスターがアステリッドの方を振り返る。
「――だれが「リーダー」ですか。勝手に就任させないでください。ここにあるというのなら、行くだけです。皆さんは好きにしてください。私はあの杖を取り戻しに行きます」
まあ、聞くまでもない、というところだろう。アステリッド以外の3人は、そうだろうなという調子で口角を上げた。
「へいへい、元はと言えば、俺の責任だ。必ず取り返してやるぜ?」
と、ランカスター。
「相棒が行くのに俺が残るわけにもいかないだろう?」
と、レックス。
「迷宮ボスとかいうものがどれほどのものか、確かめておくのも経験だ」
と、リーンアイムが言った。
「――皆さん、ありがとうございます。今回私は、全力を出し切ります。皆さんは巻き込まれないように注意してくださいね」
アステリッドの決意表明がなされた。
これまでにも事ある毎にアステリッドの魔法に助けられてきた3人は、あれらがまだ全力で無かったと知って、驚愕したが、その分、頼もしい。
「迷宮ボス」がどんな奴だろうが、必ず討伐して見せると意気込みが増した。
「じゃあ、準備はいいか? 開けるぜ?」
そうランカスターが言い、レックスと頷き合うと、その鉄門扉を押し開けた。
――――――
キールはレイモンドの問いに答えるべきか迷っていた。
今考えられるのは、魔術師を統制する機関が必要だということと、その機関は国家の垣根を越えて作用する権限を持たねばならないことの二つだ。
本当にそんなものが「可能」なのか?
確かに、カーゼル・フォン・ヘラルドカッツェが提唱した『自由経済主義思想』は根付いた。
だが、これには、商業ギルドという大きなバックボーンがあったからだと一説には言われている。
そもそも「商売」は国家の垣根を超えることと相性がいい。もともとから、国境を越え隣国や遠国との間で交易は行われていた基盤がある。そして、それを一手に牛耳っていたのが商業ギルドだ。
だが、魔術師を取り巻く環境は、これとは明らかに一線を画している。
すべての国家魔術院は、自国の戦力増強のために邁進してきた過去があり、現在もその方針は変わっていない。
ここに、世界中の魔術師を統制する機関が生まれたとして、本当にその権限を発揮できるのだろうか?
「――レイモンド院長。これはいわゆる『絵に描いた餅』と言うものだと思います」
と、キールはようやく口を開く。
「『絵に描いた餅』ですか――?」
と、レイモンド院長が少し身を乗り出してくる。そして、
「では、その『餅』の内容を聞きましょうか」
と、さらに聞いてくる。
キールは実現不可能なことを言ったところでとは思ったが、現状考えられるその機関の在り様と言うものは、そういったものでなければ意味が無いことも理解している。
これまでのように各国家魔術院が存在しながら、これをまとめるということは絶対にできない。それは、各国家魔術院が、これまでにそれこそ「様々な秘密」を抱えているからだ。
となると、結局、新しい機関を設立する以外に方法は無いのだ。
「――例えば超国家的な機関を設立したとしても、国家魔術院は残り続けることになります」
キールは、前提条件から話し始めた。
「国家魔術院を解体せよと命じられるのは各国の国王であって、それ以外の何ものでもない。つまり、国家魔術院の解体は、現実的に不可能です。ですので、結局は新しい枠組みを作り、各国に協力を仰ぐということになるわけです」
(もうここまで話せば、言い切るしかないよな――)
と、キールも覚悟を決めるのだった。




