第510話 「迷宮」の中、インターバルにて
アステリッドたちが「迷宮」に進入してから約2時間が過ぎた。
そろそろ休憩を取って午後に備えなければならない。
ここまで、この「迷宮」の約半分ほどは走破したと考えられる。が、昨日の杖を奪った【リトルフッド】にはまだ遭遇していない。
「――なかなか遭遇せんなぁ」
と、自作のマップを開きながら、レックスがぼやく。
この地図作成という作業はこれまでもずっとレックスが担当してきたらしく、探索しながらも実に手際よくさささと紙に書いてゆく。
「うまいものですね。方角や形状、縮尺など、とてもよく書けてます」
アステリッドがレックスの描いた地図を覗き込みながら感心する。
「ははは、こいつのもう一つの夢は『絵描き』だからな。冒険者をやりながら、行った先の風景なんかのデッサンもやってやがるのさ――」
と、ランカスターが口を挟んできた。
「――まあ、商業ギルドを通じて何枚か描いた絵を出品してるが、まだ一枚も売れたことはないんだよな?」
と、レックスを揶揄うように言い放つ。
「売れる売れないなんて、あまりどうでもいいことですよ。そりゃあ売れるほうがいいですけど、それはそれ。大事なのは描きたいものが描けるってことの方です」
と、アステリッドがピシャリと言い切る。その声色には、やや怒りが含まれているように感じさせる。
「――ありがとうよ、リディ。お前さんにそう言われると、俺もなんだか勇気が湧いてくるよ。なんたって、当代一のファッションデザイナー様だからな?」
と、レックスがアステリッドに顔を向けて片眼を瞑る。
「ファッションデザイナー?」
と、ランカスターは小首をかしげた。
「――お前は知らなくていいんだよ。どうせ、センスのかけらもねぇんだからよ? これはアーティストがアーティストに認められたって話で、俺はとても勇気が湧いて来たって話だからな」
と、レックスはランカスターの先ほどの言い様に怒りも見せない。
アステリッドは、この時、レックスのアーティストへの想いの真剣さを感じ取った。
そして、いつの間にか自分でも思っていないうちに、自分がアーティストとして成功していることを奢っていたかもしれないと恥じ入る。
「――あ、レックスさん、わたし、そのう、余計なことを言ったかもしれません。ごめんなさい」
「あ? リディ、なんであんたが謝るのさ。俺はあんたに認められて、嬉しくはあるが、妬みはしないぜ? だけど俺もいつかってそれだけは信じてやろうって、それだけのことだ。あんたは俺に勇気をくれた。ありがとうよ、リディ、今日のことは一生忘れねぇよ」
そういうとレックスはふわりと微笑んだ。アステリッドもややほっとして笑顔を零す。
「――けっ! どうせ俺はセンスのかけらもねぇよ? 俺ぁ、小さいころ描いた絵がひどすぎるって言われて絵は金輪際描かないって決めたんだ」
「なんだ、お前、それはつまり、絵がうまいやつのことを素直に認められないだけではないか。それを「妬む」というのではないか?」
とは、リーンアイム。
だが、これに対して反応したのは、当のランカスターではなく、レックスの方だった。
「まあ、それもそうなんだがよ? 俺はこいつのその時の絵を今も覚えてるんだが、別に悪くはないと思ったんだ。だけど、村中の同世代の者たちや大人たちがあまりに揶揄うものだから、コイツも意地になっちまいやがってな」
「ふん、どうせ俺の絵は、団子人形さ!」
「団子人形? それってどういう――」
と、アステリッドが聞く。
「ああ、ランカがその時描いた友達たちの絵がよ、丸い顔から直接手足が生えててな。それで、みんなが、胴体がない人間ているかよ、まるで団子に手足が生えてるみたいじゃないかって揶揄ったのさ」
と、レックスが答えた。
「ああ、それで、団子人形――。でもそれって――」
と、アステリッドがあることに気が付いて言葉を繋ごうとする。
「ああ、リディも気が付いたと思うが、別に間違っちゃいないんだよ。俺はむしろ、その「団子」たちの表情がその人物の特徴を捉えててとても驚いたぐらいだ」
「もういいよ、その話は! 絵を描くのはレックスに任せる。俺は、コイツの絵を売りながら、諸国を冒険して回るのさ。それで、コイツにいろんな場所を見せて、描かせて、儲けるんだ!」
ふうん、とアステリッドは意外な感じがした。
このランカスターという男は結構自分の承認欲求が強い人だと思っていた。が、なんだかんだ言いながら、レックスのことを認めているし、絵を辞めろとも言わないようだ。むしろ、いろんな『画材』に触れるために冒険を供にしているとも言えなくもない。
「――そうですか。なんだかお二人って本当に仲良しなんですね? 私には兄弟とか幼馴染がいないから、少しうらやましく思います」
そう言ったアステリッドの言葉に、この直後二人が同時に、「仲良し? ただの腐れ縁だよ」と口にしたのを見て、アステリッドは自然と声を立てて笑っていた。




