第508話 『鳳雛』と『稀代』①
そんな4人の状況を知らないキールは、一人、応接室のソファに腰かけ、目の前のレイモンド・ワーデル・ロジャッド院長と対峙していた。
銀色の髪が特徴的だが、年齢はニデリック院長よりも幾分か下に見える。
ややキツイ印象を持たせる切れ長の目の奥には、世界最高峰の国家魔術院の院長であるという自信よりも、どちらかというと責任感が宿るように見えた。
フランソワ王女から聞いていた印象とやや異なる気がするのは、気のせいではないだろう。
おそらく彼も彼なりに、先日のノースレンドとのことで、思い至るところがあったのかもしれない。
「え、えっと――。初めまして、ロジャッド院長。キール・ヴァイスと申します――。本日は急な申し出にもかかわらず……」
「キール・ヴァイス殿! これまでのこと、誠に申し訳ございませんでした。このレイモンド、こうして頭を垂れお詫び申し上げます」
「え? え、いや、僕はそのう何も――」
「いえ、大切なご友人を無理にこの国へお連れしたのは、紛れもなく私の手によるもの。私なりに世の動向を見て国を憂いた故のこととはいえ、やり方が非常に強引に過ぎた。叱責されても致し方なしと心得ております」
「まあ、そうですね。確かに強引ではありますね」
「はい。また、ノースレンドの前国家魔術院長ヒューロ・ガイレンの件で、いろいろとお手を煩わせてしまいました。聞くところによると、バーズ、あ、その黒幕の男の元に向かわせた私の配下のものですが、その様子をご覧になられていたとか?」
「リューデス・アウストリア――、ですね。結局その後、『翡翠』と相談して戻った時には姿をくらましてしまっていました。今どこにいるのか、皆目、見当がついていません」
「――はい。こちらも追跡はかけているのですが……。「魔法具」も結局取り返すことが出来ておりません」
レイモンドは自身の失態を真摯に受け止め、歯噛みしている。
キールはその様子を見て、この人もまた、国の為世の為にと思考を巡らす国士なのだと、規定するに至る。
「ところで、レイモンド院長。此度はその件で面談の申し入れをしに来たわけではありません。実は、我が国の国家魔術院長、ニデリック・ヴァン・ヴュルストから、レイモンド院長と話をするようにと、暗に仄めかされました。それに、すでに三大魔術師の面々が院長と面談をされているとのこと――。三大魔術師は何かを画策していると見ているのですが、その答えがレイモンド院長との面談で明らかになると思ってまいりました。どうでしょう?」
キールは単刀直入に切り込んだ。
この問いに対するレイモンド院長の答え如何によっては、これ以上自分の出る幕はないものと心得てこの場を辞するつもりでいる。
三大魔術師と世界最高峰の国家魔術院院長の4人が画策しており、自分の出る幕がないのであれば、無理に首を突っ込む必要はないとも思う。
が、『氷結《院長》』の言い回しだと、そういうわけでもないように思う。
いずれにせよ、この質問でキールの身の振り方が決するのだから、早々に確かめておくほうがいいと判断してのことだ。
「キール殿。キール殿は今の魔術師制度をどう思われますか?」
レイモンド院長が、キールの質問に対して質問で返して来た。
つまりは、決断を先送りにしていると見た方が無難だと、キールは判断し、答えをどうするか少し逡巡する。
「今の魔術師制度」とは何を意味するのか、あまりに漠然としていて、答えに窮していると言った方がいいか。
だが、レイモンド院長の意図は少し違ったようだというのがこの直後に判明する。
「あ、いえ、すいません。これでは私がキール殿に意見を伺っているというより、むしろ、キール殿を試しているように聞こえますね。相変わらずこういうところがまだまだ変わり切れていないものだと自分を恥じ入ることが未だにあります。今の質問は忘れてください」
と、レイモンドが言葉を紡ぐ。そして、改めて居住まいを正すと、話をつづけた。
「現在の魔術師制度は、魔術師の生活やその安全を守るものではなく、自国に存在する魔術師を他国に奪われないようにする為に構築されたものであります――」
そのことは、キールも当然知っている。
そもそも魔術師という存在、つまり、魔法を発動できる可能性を秘めた存在というのは、稀有な人種に分類されている。
そして、たとえ魔術師になりうる素質を持っていたとしても、すべての素質者が魔術師に成れるわけではないし、すべての者が魔法を発動できるわけでもない。
例えば、クリストファーは魔術師の素質は持っている。が、練成「1」通常クラスに素質は分類されるばかりか、実際、魔法を発動することは出来なかったと聞く。
事実、クリストファーが魔法を発動したのを目撃したこともなければ、彼自身、魔術師には一切興味を示さない。また、本人も、僕は魔法を使うことが出来ないときっぱりと断言している。
しかしながら、メストリル王国内に生まれた彼は、国家魔術院からは「魔術師素質を持つもの」として扱われ、監視対象となり、平民でありながら、「自由出国権」を与えられていない。
つまり、クリストファーは平民でありながら、他国に移住することに関して国家魔術院と王国から禁じられているのである。




