第507話 調整役(バランサー)
バランスを考えて下がってきたランカスターだったが、このパーティのバランサーはアステリッドの方だったのだ。
現在対峙している魔物【リトルフッド】たちは、魔法耐性がかなり低い種のようで、姿かたちは人型だが、背はかなり低く、力はない代わりに動きが機敏だ。
しかし、アステリッドの魔法生成速度と精度をもってすれば、10匹やそこらは全く問題はなかった。
むしろ、魔法を扱えない前衛の3人の方が補足するのに苦労する。しかも、リーンアイムさんは、今日が武器デビュー戦なのだ。
「――どうして下がってきたんですか!? これでは前衛が――あっ! 火炎弾《ファイア―ボール》!」
アステリッドは慌てて魔法を斉射する。
レックスの背後に迫っていた魔物【リトルフッド】の一匹が瞬時に灰と化す。
「あ、すまない、アステリッド――って、うわぁっ! くそこの、すばしっこい奴め!」
レックスさんが数体に囲まれて防戦一方になる。
リーンアイムさんの方は、体術の方は随分と訓練をしていたようで敵の攻撃をかわすのは問題ないのだが、今日買ったばかりの片刃の東洋刀の方にはまだ慣れないらしく、敵を迎え撃つのに苦労している様子だ。
「ほら! 何してるんですか! 早く持ち場に戻ってください! あっ――!?」
アステリッドがランカスターに指示を発した直後にそれが起きた。
アステリッドが利き手に持っていた短杖『星空』が、【リトルフッド】の蹴りをうけ、地面に叩き落とされてしまったのだ。
「――あ、だめ! 待って!」
アステリッドが慌てて杖を拾おうと手を伸ばすが、一体の【リトルフッド】がそれより先に杖を拾い上げ走り去ってゆく。
すると、周囲にいた【リトルフッド】たちもそれを合図にしたのか一斉に散り散りに霧散した――。
その後、迷宮を時間いっぱいまで探索し続けたのだが、とうとう、杖を持った【リトルフッド】を捕捉できず、さすがにこれ以上は無理だとなり、明日改めて取り戻しに来ようということで一時退却を決定した。
「いいですね!? 明日は私の指示に従ってもらいますから!」
アステリッドは悲しくて泣き出しそうなのを我慢しながらも、ランカスターにそう説教をした。
ランカスターもこれには抗弁もなく、ただただ、この年下の魔法使いの言葉を浴びて、小さくなってしまった。
「アステリッドよ。そう、責めるな。大丈夫だ。今日は我もまだ慣れていなかったが、終いの方にはもう武器にも慣れてきた。あの『迷宮』内にいることは間違いないのだ。明日必ず、見つけ出してくれる。我も、明日は本領を発揮すると約束する」
と、リーンアイムがなだめ、なんとか気を取り直したアステリッドと3人は、その日の探索を終えて、メイリンさんの宿に戻ったというわけだった。
メイリンさんの下宿宿に戻ると、キールさんから明日レイモンド院長と会談することになったと聞かされたが、今日のことを話すこともできず、ただ、「今日迷宮でやり残したことがあるから」と、そう言って、同行を断った時にも胸が痛んだアステリッドだったが、『星空』を無くしたとはとても言い出せなかった。
リーンアイムさんが自分の方を見て、それでよいという風に目配せをしてくれたから、少しは落ち着けたが、結局部屋に戻ってもなかなか寝付けない夜を過ごすことになった。
今朝、下宿宿を出て、昨日と同じ『迷宮』の入り口に辿り着いた時、ようやくランカスターが声を掛けてきた。
「アステリッド、本当に済まない。君の力を俺はまだ信じ切れていなかった。冒険者としては自分の方が経験があると、そう奢っていた。今日は違う。見ててくれ――」
そう言ってアステリッドの瞳をまっすぐに見つめてきたランカスターの表情は、これまでにアステリッドが見てきた彼の顔とは全く違った。とても真剣に、決意が滲み出ている顔をしている。
アステリッドは、その顔を見て、「ああ、この人も悲しい夜を過ごしたんだ」と、ふと思うと、やや、表情を意識して緩め、
「――もちろんです。現在のこのパーティのバランサーは私です。しっかりと皆さんの動きを把握しておきますから、覚悟してください」
と、返した。
ランカスターもまた、表情を少しだけ緩めて、
「ああ、任せとけ。俺だって、これまでに伊達に冒険者をやってきたわけじゃない」
と、返してきた。
そんな二人を見ていたリーンアイムとレックスが、
「では行こうか――」
「ああ、あいつらに昨日のことを後悔させてやるぜ?」
と、皆に声を掛ける。
「いきましょう! あの【リトルフッド】、ぜったい、許さないから――!」
と、アステリッドも気合を入れた。




