第506話 世界最高峰の国家魔術院と低レベル『迷宮』
クルシュ暦394年9月6日――。
今日はカインズベルクにおける第二の目的である、レイモンド・ワーデル・ロジャッド国家魔術院長との会談の日だ。
キールは手紙に記されていた午後2時ちょうどに魔術院の門をくぐった。
すでに話は通されていたためか、門で待ち構えていた数人の魔術師らしきものがキールを見定めると、
「キール・ヴァイス殿ですね?」
と、誰何してきた。
キールは、はい、と答える。
すると、そのうちの一人が、お待ちいたしておりました、どうぞと促した。
その魔術師連中に囲まれるようになりながら、魔術院の中へと誘われる。
正直、気が気ではない。前後左右に各1人ずつ、計4人の魔術師に囲まれるなど、初めての経験だ。
あのシュニマルダの頭目だったシルヴィオさんとの対決の時ですら、遠巻きにされていただけで、こんなにびっしりと囲まれていたわけではない。
キールはローブの中で、知らぬ間に新しい相棒『真夜中の静寂』に手を掛けてしまっていたほどだ。
やっぱり無理にでも、アステリッドにはついて来てもらうべきだったかと今さら後悔しても仕方がないのだが、彼女たちには昨日「やり残したこと」があるらしく、今日も朝から4人で迷宮に向かったのだった。
まあ、二人きりの方が何かと構えずに話ができるかとも思ったのだが、それは先方もそう思っていればという仮定の話だったと悔いても遅い。
(ミリア――、最後にもう一度君に会いたかった――。こんなことなら、ケライヒシュールで思いを遂げておくべきだった――)
などと、女々《めめ》しく後悔するが、全ては「後の祭り」である。
「キール殿、キール殿、大丈夫ですか? 顔色がよくありませんよ? どうぞ、こちらの部屋で院長がお待ちです。それでは我々はここで失礼いたします――」
というおそらく上長だろう魔術師の言葉に、
「――あ、ああ、はい。大丈夫です」
と、なんとか気を取り直して返事をすると、ひとりぽつんと大きな扉の前の廊下に取り残された。
(ふぅ。気が気でないとはこのことだな。それにしても、あの「囲み」は結構きついプレッシャーだったな――。自分がもし客を迎える立場になった時は、少々気にかけないといけないな)
などと、胸を撫で下ろし、大きく深呼吸をする。
まあ、恐らくは、キール自身の『忌み名』と『噂』を聞きつけた魔術院の上長のあの男が迎えを命じられ、自身の判断で「念のために」部下3人を伴って門まで迎えに来たというところだろう。
仮に、レイモンド院長自らがそのようにせよと命じていたのなら、この場にキール一人を置いて立ち去ることはせず、部屋の中まで随伴するのが自然だ。そうしないということは、レイモンド院長の方は、初めから自分一人で対談する心づもりだったと思って間違いないだろう。
(よし――、とにかく当たって砕けろ、だ)
キールはそう決意を固めると、大きな取っ手に手を掛けた。
――――――
一方、アステリッド。
昨晩キールさんから今日のレイモンド院長との会談決定を聞いて、本当は自分もついて行きたいと思っていたのだが、昨日のハプニングのせいで、そうもいかなくなってしまったのだ。
さすがに、「この状況」を放っておくわけにはいかない。
昨日の『迷宮探索』時に何があったか?
端的に答えるなら、落とし物をした、というところだ。が、その落とし物をさらに攫われるという二重苦を背負わされている。
その落とし物は、『星空の短杖』だった。
そう、キールさんからアステリッドが譲り受けた、アステリッドにとっては命にも代えがたいといってもいいほどの『相棒』である。
昨日のことだ。
『迷宮探索』中に、複数の魔物に囲まれるという事態が起きた。とはいえ、脅威レベルはあのバレリア遺跡の深層とは程遠いぐらいに低いレベルの魔物しかいない『迷宮』だ。
アステリッドは3人の後方から支援を行う形で隊列を組んでいたため、囲まれた時には自分一人が前方以外を取り囲まれるような形になっている。
前の3人は残りの半円を3等分した部分だけ対応すればよいことになるのだが、ここで、アステリッドの判断と、ランカスターの判断が食い違いを見せることになる。
アステリッド自身は、慌てていなかった。
囲まれたとはいえ、落ち着いて対応すれば、自分の魔法で充分に対応できる数だと判断している。
前の3人さえ、自分の受け持ちに対応してくれれば、後ろ半分はすぐに片を付けて、すぐさま支援に戻ることができると思っていた。
ところが、ランカスターがいきなり、後方に下がってきたのだ。
「アステリッドは俺が守る!」
「ば、馬鹿なんですか!? 私は護衛してくれなんて、言ってませんよ!?」
アステリッドの予定が大幅に狂った。
それが全ての引き金になったのだ。




