第505話 今日は単独行動
クリストファーと面会した翌日には、キールが仮住まいとしているメイリンさんの下宿宿に、ヘラルドカッツ国家魔術院から連絡が来た。
その封書の差出人は、レイモンド・ワーデル・ロジャッドその人だった。
キールは早速フランソワさんが働きかけてくれたと思い、胸の中で感謝の意を念ずると、封を切って、中の便箋を取り出した。
『拝啓 キール・ヴァイス殿。ご面談のご要望にぜひ応じたく思います。フランソワ王女殿下からご都合の方は合わせられると聞いております故、誠にこちらの都合で申し訳ございませんが、明日午後2時にヘラルドカッツ国家魔術院までいらしてください。なお、お連れ様がおいででしたら遠慮なくご一緒にいらしてください。お待ち申し上げております。 敬具 レイモンド・ワーデル・ロジャッド』
そう書かれていた。
とりあえず、やれやれだ。
これで堂々と正面玄関からお邪魔できる。
そもそも、国家魔術院にも属さず、ただ錬成「4」超高度クラスという素質があるだけで、『稀代』などと呼ばれているわけだが、キール自身はそれほど魔術師として実績を積んでいるわけでも、国を背負っているわけでもないのだ。
それに比べて相手は、世界最大数の魔術師を抱える国家魔術院の院長である。
ただ、「会いに来ました~」と言ってまともに対応してくれるとは思っていない。
『氷結』も、『火炎』も、『疾風』も、国家魔術院の長である。その彼らが不意に訪れたとて、それ相応の応対はするであろうが、野良魔術師が一人迷い込んだとて、相手にされるわけがないと、そう思っていたのだった。
(――だから、敢えて、伝手を頼ったわけだけど……。さて、いざ会うとなって何を話せばよいのやら――)
今日は朝からアステリッドもランカスターもレックスも、そして、リーンアイムもいない。
国家魔術院からの連絡を待つにしても、いつ来るかわからない為、キールだけが宿で留守番をするということで決定したためだ。
4人は、昨日ランカスターとレックスが二人組で挑んだが「無理ゲーだ」ったダンジョンに再挑戦しに行ったのだった。
まあ、4人の連携が深まるのはこれからの冒険にも重要なことだから、キールがこれに反対する理由はない。それに、
「メイリンさんに下宿代やお食事代を払わないとですから!」
と、アステリッドの《《鶴の一声》》で同行が決まると、リーンアイムも、
「――我もたまには体を動かさなくては。それに、そろそろこの体を使っての戦闘にも慣れていかんとな?」
と、なぜだかやる気充分の様子で、意気揚々《いきようよう》と出て行った。
ランカスターなどは、アステリッドが同行してくれることを快諾してくれたのが余程嬉しかったのか、「大丈夫です! アステリッドは俺が守ります!」などと鼻息を荒らげる始末だ。
そういった直後、
「丁寧語で名前だけ呼び捨てとか気持ち悪いんでどちらかにしてください」
と、アステリッドにまたもや「気持ち悪い」口撃を受けていたが。
さすがのキールも、ランカスターが随分とアステリッドにご執心なことぐらいはわかる。
が、かなり険しい道のりのように感じるのは思い違いとは思えない。
それでも、ランカスターがアステリッドとのことについて諦めるようなそぶりを見せないことに、称賛を送りたい気持ちになる。
リーンアイムはどうやら、『武器』と言うものに興味があるらしく、ランカスターやレックスに、自分にも扱えるような武具を見繕ってくれと言っていた。
リーンアイムなど、ドラゴンに変身してしまえば、大抵の魔物など相手にならないだろうが、『迷宮』内をあの図体で動き回ることはできないことも多いだろうから、やはり、武器の修練は必要になるのかもしれないとは思う。
そう言えば、人間の姿の時にあの『火炎息』は使えるのだろうか?
そのあたりも、今日の『迷宮』探査で試してもらえると助かるのだが。
などと考えながら、魔術院からの連絡も来た為、外出することにした。
行先は、メストリルの郊外。
街道の傍にある小さな農場。ケリー農場だ。
明日は胃が痛い思いをしなくてはならないことが確定したのだから、今日ぐらいはゆっくりとさせてもらおうと、そう思っている。
カインズベルク大図書館の脇を抜け、やがて郊外へと至ると、少し街道を道なりに進む。「目的のもの」はすぐに目に入った。
その小さな露店では、一人の年輩の女性が野菜の販売を今でも変わらずにやっていた。
「ハンナさん! お元気そうで!」
「ん? あんたは!? キールじゃないか! そのローブ、あんた魔術師だったのかい!?」
数年ぶりの再会となる。
ハンナさんには一年間ほど本当に世話になった。
身寄りも伝手もないこの街で、キールの居場所は大して多くなかった。その中でも、メイリンさんの下宿宿と、このケリー農場の露店、そして大図書館が主なキールの居場所だった。
二人は久しぶりの再会にもかかわらず、昨日まで共に働いていたかのように自然に会話が弾んだ。
「覚えてくれてたんですね?」
「ああ、もちろんだよ。あの子、ミリアさんとはうまく行っているのかい?」
「え? ええ。ハンナさんのおかげで、今も仲良くやってますよ――」
などと、他愛もない会話を十数分ほど交わすことができたのだった。




