第502話 戦争と発展
ヘラルドカッツ大学の構内に入るのはキールもアステリッドも初めてのことだ。
もちろんクリストファーの教授室の場所もわからない為、受付係の女性が案内をしてくれることになった。
大学の規模は、なかなかの広さがある。
ヘラルドカッツの王都カインズベルクには大学が二つあるのだが、その両方ともがほぼ同じ規模で、一つ一つがメストリル王立大学よりも大きい。
この点から見るに、このカインズベルクは、有識者の数もメストリルを圧倒的に凌いでいるということになる。
ヘラルドカッツ国家魔術院は、世界最高峰と言われるほどの規模を持つ魔術院で、魔術師専門の訓練校、魔術師教育学院もあり、各国から有能な魔術師技能を持つものがこのカインズベルクへと集まってくる。
アステリッドもまた、その留学生の一人だった。
ここカインズベルクは、魔術においても、学問においても、世界最高峰であると言っても過言ではないわけだ。
そして、もちろん経済においても最高峰である。
そんな、世界最高がこの街に集約されているわけで、現在のこの「中央大陸」のすべての中心がここカインズベルクであることは誰も文句をつけようがない事実だった。
(ただ、これからは変わると思うんだよな――。ヘラルドカッツには海がないからな……)
と、キールは未来予想をしている。
大学の構内を紹介されつつ、クリストファーの教授室まで案内された3人は、扉の前で足を止める。
受付係の女性が扉をノックすると、しばらくぶりに聞くクリストファーの爽やかな返事が扉の向こうから帰って来た。
「――はい」
「教授、面会の方をお連れいたしました。入りますがよろしいですか?」
「ええ、もちろんです、どうぞ――」
「失礼します――」
というやり取りを終えると、受付係の女性が扉を開く。
扉が開くと同時に、クリストファーの顔が見えたキールは、軽く手を上げて、「やあ、久しぶり」と声を掛けた。
「――なるほど。すべて打ち明けたということなんですね?」
キールからの報告を受けたクリストファーがこれまでの話を理解したように確認を取ってくる。
「そうだね。『総覧』のことを話すには、結局ボウンさんのことも話さなくちゃならないし、ね」
「まあ、そこを飛ばして話しても、荒唐無稽な話ですからね。ボウンさんの存在があるがゆえにこの話に真実味があるわけで」
「ま、そういうことだ。一応君にも伝えておかないとと思ってね。ここまでやって来たというわけさ」
「――それで? 目的の場所、えっと、ユニセノウ大瀑布でしたか、そこへまっすぐ行かずにここへ来たのはそれをわざわざ話すためだけじゃないのでしょう?」
さすがはクリストファーだ。
たしかにそれだけのことでわざわざ大陸の真ん中を突っ切って西の海岸まで行く必要はない。
ここに来たのにはほかにも理由があることを見抜いている。
「うん、まあ、君が居なければフランソワさんにだけでも挨拶をと思ったんだけど、いてくれたから丁度よかった。そろそろ、行き詰ってるんじゃないかな~と思ってね?」
と、キールはやや上目遣いでクリストファーを覗き見る。
クリストファーもまた、これに対応する術を身に付けている。
彼は、すっと視線を逸らすと、少しソファの背もたれに体を預けるような格好をとり、ふわりと笑って再びキールを見返した。
「――おっしゃる通りですよ。完全に行き詰っています」
「マルチバンドのことだろう?」
「ええ。どうしたって、情報の機密性を打破できません。こうなると、この技術を発表したくてもできないことになります――」
「――やはり、完成しているんだね?」
「ええ、まあ、それはかなり前に出来ていたのですが、技術の発表は機密性の担保を取れてからにしようと考えていたのですが、どうやらかなり難しいと思うに至りました」
「――僕の持つ前世の記憶からその命題に答えるとすれば、結論は、『おそらく不可能』ということになるんだよね」
「――やはり、ダメ、ですか」
キールは原田桐雄の世界のことを考えてこう答えるに至った。
原田桐雄が生きていた「令和」の時代になっても、通信の機密性は打破されていない。
まあ、特定の機器や、情報の漏洩などによって「通信」の内容が公開されることがあったとしても、それは非常に限られた条件下においてのみであるし、むしろ、プライバシーという考え方から見れば、「機密性を保持すること」にこそ重点が置かれている。
これを打破するということになれば、それこそ世界中が混乱に陥ることだろう。
だがそれは、原田桐雄の世界が、戦争を中心に回ってきたという事実から生まれた結果である。
原田の世界では、戦争に勝つためにこそ、技術革新があり、科学の発展があったのだ。
だが、この世界は違うのである。
すでに戦争が起きなくなって数十年が経過しており、人々は新たな価値観を獲得している。それが「自由経済」だ。
そうなっている以上、新たな火種を生む技術革新や科学の発展は、よく考えて発表しなければならない。
そこにこの世界の難しさがある。
「――なるほどな。かつての人類もこのように悩んでおれば、我らドラゴン族もあのような業を背負わなくてもよかったかもしれぬな……。だが、恐らくそれはおおよそ人類の背負える範疇のものではないのではないか?」
と、リーンアイムが言葉をはなった。




