第501話 カインズベルクを歩いて
昨晩はメイリンさんの手料理をいただき、2階の部屋を各人一つずつあてがわれた一同は、今朝も、メイリンさんの用意してくれた朝食をいただいた。
その後、キールとアステリッドとリーンアイム(もちろん人の姿になっている)は、ヘラルドカッツ大学へ向かうことにする。
ランカスターとレックスの二人は、今日一日は自由行動となった為、約束通り、二人は冒険者ギルドのクエストでも受けに行こうと、冒険者ギルド・カインズベルク支部へと向かうと言っていた。
メイリンさんの下宿宿をでて、中央通りを進む。
やがて、正面やや右に、見覚えのある建物が見え始めた。正面には大きな交差点が広がり、相変わらず人や馬車がひっきりなしに往来している。
「キールさん! カインズベルク大図書館ですよ! なつかしいですね!」
アステリッドがその右斜め前方に見えた大きな建物を指さす。
「ああ、そうだね。このあたりは何も変わってないね」
「でも、私たちがいた頃と違うものがありますよ? ほら、通りの脇を見てくださいよ、メストリルと同じような街灯があるじゃないですか」
確かに、このカインズベルクにも行く道々には街灯が備え付けられていた。
おそらくこれは、クリストファーが考案したものだろう。
これだけあれば、夜も相当の明るさになるに違いない。
昨晩は表に出ず、そのまま宿で休んだから、今晩辺り、夜のお散歩でもしてみようかと考えていると、アステリッドも同じように考えていたらしく、
「キールさん、今晩は外でお食事でもしませんか?」
と、提案してきた。
それもいいだろうと思ったキールは、
「そうだね。せっかく久しぶりにカインズベルクに来たんだから、数日は羽を伸ばしてもいいだろうね。そうしようか」
と返す。
(場合によっては、クリストファーやフランソワと一緒でもいいか――)
と思いながら、カインズベルク中央交差点をそのまま突っ切ると、進入してきた対角側の通りへと進んでゆく。
この通りをまっすぐ行けば、ヘラルドカッツ王国の王庁舎街へと行きつくのだ。
そう言えば、アステリッドは昨晩メイリンさんの下宿宿に泊まったが、彼女にはしっかりとした「自宅」があったことを思い出す。
キールはその点をうっかりしていたのだが、アステリッドも何も言わなかったから、下宿宿に泊まることは特に問題なかったのだろうと察するが、思い出してしまった以上、そのまま放置するのもなんだか気持ちが悪い。
「アステリッド、ごめん。今思い出したんだけど、君には、寄っておかないといけないところがあったんじゃないか?」
「え? 何のことです?」
「ほら、貴族屋敷群には君の家の別荘があるじゃないか」
「あら、ほんとうですね。私も今思い出しました」
と、アステリッドはころころと笑った。
意表を突かれたキールは、そのあまりに屈託のない笑顔に、吸い込まれそうになる。
(単純に一般的な目線で見ても、アステリッドもかなりの美形なんだよな)
などと、今さらながらに思いなおす。
「別にいいんですよ。私は、キールさんの右腕ですし、今はパーティ行動中ですから、皆さんと同じ場所で過ごすべきですし――」
「でも、街中にいる間、休むのは別の場所でも構わないよ?」
「い・い・ん・です! それに――」
「それに?」
「いえ、なんでもありません!」
キールはアステリッドが言いかけた言葉の先が何なのかわからなかったが、その部分を執拗に問い詰めるのも何か違うと思い、そのまま流そうとした。が、もう一人がこれに言葉を発する。
「なるほど――。娘、なかなかに険しい道を歩いているのだな?」
と、不意にリーンアイムが横から口を挟んだのだ。
「リーンアイムさん、それ以上言うと、尻尾に火をつけて差し上げますよ?」
と、アステリッドがリーンアイムの方を振り返って言い返す。
キールからは反対側になる為、アステリッドのこの時の表情は見えなかった。
が、その顔を見た、当のリーンアイムがすぐさま顔を逸らしたところを見ると、かなり怖い表情だったに違いない。
しかし、「険しい道」というのはどういうことか、キールには全く理解できなかった。
そうこうしているうちに、ヘラルドカッツ大学の校舎群が見え始める。
大学の校舎群は王城と隣接しているため、このあたりの壮大な景観は一つの観光スポットにもなっているのだろう。
あいかわらず人通りはかなりの数だ。
キールたちは人の間をすり抜けつつ、ようやく大学の正門に至ると、正門の案内所へと立ち寄り、クリストファーとの面会を申し出た。
メストリルを出る前に、『郵便』を使って確かめることもできたのだが、時間的に『手紙』(つまり馬車)より先に自分たち(つまりドラゴン)が到着してしまうことになるだろうと悟ったキールは、クリストファーの所在を確かめていない。
なので、居なければ居ないで諦めるしかないと思っている。
その場合は、せめてフランソワに挨拶して帰ろうかと思っているところだ。
所在の確認と、面談許可を取り付けるのに数分待ったキールたちに届けられた返事は、
「ヴェラーニ教授がお会いになられるとのことです――」
という受付係の言葉だった。




