第495話 会議の終結、それぞれの想い②
部屋に残ったのはこれで、ドラゴン族以外では、ミリア、キール、アステリッドの3名になった。
そう言えば、ここ最近、このメンバーだけになるということがなかったような気がする。
ミリアは、ここにもしクリストファーがいれば――と、王立大学のころの懐かしい空気感を思い起こしていた。
「それで? 大まかな今後の方針と言うものを聞かせてもらおうか?」
と、口火を切ったのは、『風竜』リーンアイムだ。
ミリアもそこは知りたいところだ。
さっきキールは、「まずはヘラルドカッツへ行く」と言った。カインズベルクのクリストファーと話しておきたい、と。
キールが「クリストファーに話しておきたいことがある」と言うのはあまり記憶にないフレーズだ。
いったい何を話すというのかが気になる。
「クリストファーに会う、のよね?」
それはどうして? と続くフレーズを汲み取り、キールが返答する。
「うん――。たぶんだけど、かなり悩んでると思うんだよな……」
「何のことよ?」
「マルチバンド――さ」
「マルチバンド」――。
そう言えば、クリストファーがそんな言葉を発していた気がする。
現在の通信装置は「シングルバンド」で秘匿性が低いが、「マルチバンド」になれば、途端に秘匿性が確保されることになる――。
これを単純に言えば、「密談が可能になる」ということだ。そうすれば、軍事的目的に利用される可能性が極めて高くなり、もしかすると、今の「自由経済主義」の社会が変容するかもしれない。
つまりそれは、「戦乱の世」の始まりを想起させるに足る。
クリストファーならもしかしたら何か対応策を打ち出せるかもしれない、と、キールはそう期待したのだが、やはり、相当難しいようだと、慮っていた。
もし、なにかしらの策があるのなら、彼ならすでに、それを成し遂げているに違いない。
だけど、未だにそれについて公表されない様子から見て、恐らく随分と悩んでいるのではないかと思ったのだ。
地球でも、このマルチバンドの秘匿性を担保する方法はついぞ現れなかった。結局は、「傍受」、いわゆる「盗聴」によってしか、これを打破することはできない。
しかも、この場合、ターゲットは限定的になり、かなり近くに接近しなければならなかった。
インターネットの普及により、ようやく、通信情報を取りまとめるプロバイダに対し、当局が必要に応じて通信記録を開示させるという法ができ、それが周知されることで、かろうじて担保されていると言った感じだ。
犯罪にかかわる場合であれば、一応これで、「事後ではあるが」担保できているようにも見える。
もしこれと同じように考えるなら、ヘラルドカッツですべての通信情報をキャッチして、常にそれを録音しておくか記録しておくということになるが、それが可能だとして、これを公表すれば、おそらくヘラルドカッツは大陸中から非難の対象となるだろう。
そもそもそれが初めからの目的で、各国に対しことさらに経済的恩恵を強調し、情報収集目的のためにアンテナを建てさせたのだと、言われかねない。
もちろん、クリストファーはそんな考えで通信装置を完成させたわけではないことをキールは知っている。
「キールはそれについて何か方策はあるの?」
と、ミリアが問いかけてくる。
「いや、残念だけど、恐らく対応方法は無いんじゃないかって思うんだ。結局は秘匿性を担保することはおそらくできない。だから、其れありきで進めるか、そうならないために止めるかの二択しかないと思うんだ」
と、キールは答えた。
「クリスはそれを迷っている、そう言いたいのね?」
と、ミリアは察したようだ。
クリストファーは、「マルチバンド」に変わるのにそれ程時間はかからないだろうと、言った。
クリストファーがやらずとも、いずれどこかの国に研究者が現れてこれを成し遂げる日が来るだろうと予測している感じだった。
おそらくクリストファーが考えているのは、それまでに自身の研究を推し進め、誰かの「マルチバンド技術」の発表の際に、軍事利用を制限する技術をぶつけるための準備を整えておくということだろう。
クリストファー自身が「マルチバンド技術」を完成させたとしても、自らの手から、それを発表することは無いと、キールはそう思っていた。
経済的観点から言えば、現在の「シングルバンド」で受けられるようになる恩恵は、この世界の技術レベルであれば、それだけですでに充分以上と言えるものだから、敢えて「マルチバンド」にする必要はないのだ。
ただ、これはあくまでもキールの思い込みに過ぎないかもしれない。
「だから、直接会って、クリストファーの考えを聞いてくるつもりだ」
キールがヘラルドカッツへ行く第一目的はそれだったのだが、実はもう一つ目的がある。
「それと、ヘラルドカッツ国家魔術院へも行っておこうと思う。そこの院長、レイモンド・ワーデル・ロジャッド様と会っておこうと思うんだ」
「それは――」
と、その言葉を聞いてミリアが言いかける。
「うん、『氷結』が彼に面会したと聞いているからね。その後、続けて、『火炎』と『疾風』もすでに面会を終えているらしい。となれば、恐らく何かを企んでいると見ていいと思う。『氷結《院長》』からそうするように暗に促されてるんだ――」
あの3人が何を企んでいるのか、それは今はわからないけど、おそらくそれも出会えばわかる、そういうことなのだろう。




