第491話 キールの告白
キールはまずはどこから話そうか、考えをまとめると、この際だから、初めから話した方がいいとそう決めた。
今ここにいるキール以外の9人は、キールの話の一部または、大半を知っている者たちが多いが、中には全く初めて聞くというものもいる。
それらの人に情報を共有する場合、一律に同じことを話した方が、あとあと混乱しないで済む。
また、カインズベルクにいるクリストファーやフランソワたちにも同じ話をすることで、全員がキールについて同じ情報を共有することになるわけだ。
(『氷結』や『火炎』、『疾風』、それに、デリウス教授やジルベルト、ルドたちにはまたおいおいと話せばいいだろう――)
そう決意し、話し始める。
「実は、はじまりはこれだったんだ――」
そう言って、キールは背負い袋から一冊の書物を取り出した。
「キール、いいのね?」
と、ミリアが問うてくる。
「ああ、さすがにもう、これを隠している必要はないと、そう思う。ミリア、それにアステリッドも、これまでありがとう。実は、この書物の中身はすでに読めるようになっていて、解読の必要はなくなった。もちろん、すべての術式を発動させることは出来ないけど、それはこれからの僕の修練次第ってことになるみたいだ――」
と、まずは、断りを入れておく。
「そう、なんですね。解読はもうおわったんですね――」
と、少し寂しげな表情をみせたのはアステリッドだったが、すぐに明るい表情を取り戻すと、
「さすが、キールさん! お疲れさまでした! おめでとうございます!」
と、祝福の言葉を発した。
「キールよ、その書物はいったい何なのじゃ?」
「解読とか術式とか言ったな? 魔術書ってことか?」
と、『翡翠』さんと『英雄王』が続けて質問してくる。
「これは、『真魔術式総覧』。かの大魔導士、ロバート・エルダー・ボウンが記した書です――」
そこからキールの話が始まった。
メストリル王立大学書庫でこの『総覧』を発見したこと、書庫の目録を調べた結果「蔵書目録」に記述がなかったこと、隠して持ち帰ったあと初めに4つの魔法が使えるようになったこと、ミリアとの対決、暗殺者との戦闘、ルイの父エドワーズの事件の全容、カインズベルクへの逃亡生活とアステリッドとの出会い、自分の中にある『前世』『前々世』の記憶について、『神』ボウンとの出会い、『神候補』のこと、『試練』のこと、アステリッドとデリウス教授の『記憶解放』の件――。
おおかた全ての秘密にしていたことを告白した。
ここにいる者の中で、今の話のすべてを知っているものは、ミリアとアステリッドだけだったはずだ。
「ふふん、お前、なかなかに波乱万丈な人生を歩んでおるのだな? なるほど、少し合点した。この我がどうしてお前などに興味を持ったのかがな」
と、リーンアイム。
「なるほどなぁ。今更お前の今の話を聞いて作り話だとは思わねぇよ。しかし、エドワーズ・ジェノワーズの事件の黒幕はやはりお前だったか――」
とは『英雄王』。
「そうか、これが大魔導士ボウンの書か――。つまり、ボウンは実在しているってことなんじゃな? ミリアよ、お前もこの『総覧』を読めるのか?」
と、『翡翠』さん。
「いいえ。キールの話によると、この書物は特殊なもののようで、ある程度までは解読作業で解読できるのですが、それ以上はボウンさんによる能力付与を受けないと読めないそうです」
と、ミリアが答える。
「それで!? その魔術書にはどんな魔法が記してあったのさ!?」
と、魔術書の中身に興味を持ったのは、ハルだった。
「初めに覚えた術式のうちの一つが、ある意味、僕を魔術師にしてくれたと言っていい――。『幻覚魔法』だよ。人の頭に少量の魔素を流し、幻覚を見せたり、ある事柄を思い込ませたりするものだ。ミリアと対決した時も、暗殺者――ジルベルトのお兄さんだったらしい――と戦った時も、その結果、ルイの親父さんが死んでしまったことも、シュニマルダの頭目だったシルヴィオさんとの対決も、すべて、この『幻覚魔法』が決定打になった……。だから実際は、僕はそんなに大した魔術師じゃなかったのさ」
と、キールはやや自嘲気味に話す。
事実、「幻覚魔法」がなければ、まず初めのミリアとの対決には勝てなかっただろう。
もしあの時僕が負けていれば、僕はミリアの当時の言葉を受け入れて、『総覧』を手放していたと、そう思うことがこれまでにも何回もあった。
本当に魔術師となれたのは、間違いなくそのあとのミリアの指導によるものだ。
今でも当時のことを思うと、彼女が今の自分にとっていかに大切な存在であるか改めて気づかされる。
『あなた、史上最強の素人(魔術師)だわ――』
と言って頭を抱えたミリアの表情を今もはっきりと思い出せる。あの時から僕は魔術師として歩み始めたのだ。
そう思いながら、ミリアの瞳に視線を移す。
ミリアは、どうしたの? というような怪訝な表情をして見せたが、僕はただ、
「ありがとう、ミリア。君には本当に感謝してもしきれない」
とだけ言った。




