第484話 冒険者の夢と現実
キールは今朝冒険者ギルドで受けた「初めてのクエスト」を達成し、ギルドへ戻ってきたところだ。
時間は15時30分を少し回ったぐらいで、「予定通り」だ。
「初めてのクエスト」の内容は、いわば、「アルバイト」だった。
キールがかつて、露天販売の経験があるということをエリーさんに伝えたため、それならこちらはどうですかと、推薦されたクエストだった。
冒険者ギルドで、露天販売員の仕事を任されるとはさすがに思っていなかったキールは、そんな「クエスト」もあるんだと、少し驚いたが、よくよく考えると理にかなっていることに気付く。
常に人を雇い続けるには、日当が必要になるわけだが、毎日の仕事ではないことだってある。その為に常に人を雇っておくというのはさすがに費用的に厳しいわけだ。そう言った時に、短時間や短日で手伝ってくれる人がいるととても助かる。
「そのような要望に応えるため、商業ギルドと協力し合っているんですよ。冒険者と言えば護衛とか、討伐とかってイメージがあるでしょうが、もちろんそういった「クエスト」こそが、冒険者の本分ではあります。ですが、そればっかりという訳にもいかないんです。ですので、こういった市街クエストも結構あるんですよ」
と、エリーさんが教えてくれた。
で、今日はあくまでも「依頼受け~達成~報告」の流れを掴むための予行演習でもあるし、夕方にはギルドに戻らないといけないわけだから、と、メストリル郊外の農家の「野菜の露天販売クエスト」を紹介してくれたという訳だ。
時間は、昼前から昼過ぎ、時間にして11時~14時ぐらいという感じだったので、これもちょうどいい。
さすがにエリーさんだ。どうやら彼女はこのギルドの受付係の中でも長を任されているらしく、要領や手際もいい。
依頼主の農家の夫婦も気立てが良く、昼には「まかない」としてパンとシチューも用意してくれたため、とても気持ちよく仕事が出来た。
キールは仕事を終えると、その夫婦に礼を言って、依頼書にサインをもらう。そうしてその依頼書を手にギルドへと戻ってきたという訳だ。
キール自身、ある世界では有名人物であるかもしれないが、こういう街中に居れば、ただの若者でしかない。農家の夫婦からしてもまさか自分が特級魔術師だなどと思いもせず、新米冒険者なのだろうというような接し方でとても心地が良かった。
何より、仕事が終わった時に、「ありがとう、助かったよ。キミもこれから怪我などしないように頑張るんだよ」と、声を掛けられた時には、昔、カインズベルクで過ごした時のことを思わず思い出してしまったほどだった。
「はい、お疲れさまでした。それでは、こちらが今回の報酬となります――」
依頼書のサインを確認し、一旦席を離れ、すぐに裏から戻って来たエリーさんが、本当に晴れ晴れとした笑顔でそう言って差し出したトレイの上には、さして多くない程度の通貨が載せられていた。
まあ、どこかの飲食店で2回ほど食事すれば終わってしまうほどのものだ。
だが、あの仕事内容でこれだけもらえるのなら、割が合わないということはない。
「どうです? 少ないでしょう?」
と、エリーさんが少々言いづらそうに聞いてくる。
「キールさんほどの魔術師であれば、もちろんもっと大きな報酬を貰える仕事もこなせるのでしょうが、冒険者ギルドにはランクシステムが導入されていますので――」
「冒険者ランク」によって受けられるクエストに制限があるというものだ。
「え? いえ、そんなことないですよ。むしろ、けっこう多いなと思ったぐらいです――」
と、キールはエリーさんにそう告げる。
実はカインズベルクのケリー夫妻のところで働いていた時よりも、時間当たりの給金が少しばかり高いのだ。
「さ、さすがキールさんです! お見逸れいたしました! そうなんです! 実は、常時雇用者よりも報酬が少しだけですが高いんですよ。これには、商業ギルドとの協力関係があって――、あ! すいません! 私ったら……」
なんとなく話は読める。
こういった短期間労働は常にある仕事とは言えないため、これで食べていくには毎日の給金が安定しない。なので、若干割高に設定されている。もちろん、依頼主の方はそれを分かっているが、常時雇用するよりは結果的に安く済むともいえるわけだ。
それに、おそらく商業ギルドから幾らかの「色付け」があるのかもしれない。
「――たいていの新米冒険者さんたちは、その額を見て、いい顔をしないんですよね。皆さん、大きな夢をお持ちなので、突き付けられた現実に、言葉を失うのでしょうね。でも、キールさんのような反応をしてくれると、私たち職員はとてもやりがいになるんですよ」
それはそうだろう。
彼女たち受付係にしたって、もちろん皆に喜んでもらいたいと思ってることには違いないのだから。
ただ、ここに来る者たちの多くは、エリーさんの言ったように、「大きな夢」を持っているものが多いのは事実だ。
なんと言っても、ここの国の王も、もともとは「駆け出し冒険者」であり、皆と同じだったのだから。
「――あ! 余計な話ばかりしてすいません! そうだ、約束のお時間までもう少しですね。お部屋にご案内します。どうぞ、こちらへ――」
そう言うとエリーさんは、立ち上がってキールを応接室まで案内してくれ、そのあと、クラーサ茶をいれてくれた。
キールは、その甘い香りに今日の仕事の一息をようやくついたのだった。




