第482話 新世界へ臨む決意
キールが朝、自室でちょうど出かけようと準備をしている時だった。
部屋の扉にノックが響き、扉の向こうから、下宿宿の女将のマーサさんの声がした。
『キールくん、冒険者ギルドから書状が届いたわよ? ここに置いておくわね?』
「あ、はい。ありがとうございます」
と、返しながら、身支度を整えると、扉を開ける。
すると、マーサさんの姿はもうなく、扉の前の床に一通の封書が置いてあった。
キールは早速取り上げると、封を開いて内容を確認する。内容は思っていた通りのものだ。
『本日16時に冒険者ギルド支部まで来られたし。先日の案件にて紹介したい冒険者がいる。』
書かれていたのはそれだけだ。
どうやらお願いしていたパーティメンバーの紹介に目途がついたのだろう。キールはその封書を上着のポケットに突っ込むと、そのまま部屋に鍵をかけて階下に降りる。
「マーサさん、行ってきます!」
と、奥の食堂の方にいるだろうマーサ・レンブルに声を掛け、玄関の入り口付近にあるカウンターへ鍵を置いておく。
そうして、表に出る。
(う、さむ――)
2月も下旬に入っているというのに、まだまだ寒い日が続いている。今年の春はいつ訪れるのだろうか。とはいえ、その春にはすでに海上にいるはずだから、寒いのとももう少しでお別れだろう。
そしてまた、この街ともしばらくはお別れだ。
通りを歩きながら、王都の門を目指す。
途中で通りがかる「あの納屋」はまだあの頃のままだ。
ミリアとの対決からすべてが始まったと言っても過言ではない。
そして、ジルベルトの兄との対決で完全に「魔術師」キール・ヴァイスの道が確定した。
(もう6~7年ほども前のことなんだな――)
あの時17だった「駆け出し魔術師」は、いつの間にか『稀代』という冠名を付けられるほどの有名魔術師に成長していた。
と、世間ではそう言われるのかもしれないが、自分としては多少なりとも魔術師と名乗れるぐらいにはなったかなという感覚の方が強く、諸先輩方の足元にも及ばないと感じている。
(そういえば、メイリンさんは元気だろうか? あと、ケリー夫妻や、ハンナさんは、どうだろう?)
ジルベルトの兄のことを思い出すと、そこから記憶が溢れかえってくる。
ルイの親父さんの最期は予期していなかった。
まさかあんなことにまでなるとは正直思っていなかった。街を出る決意をした時の心細さもフィードバックしてきたが、そこは無理やりに胸の奥に押し込める。
(ルイには悪いことをした――)
と、思わなくもない。
結果がああなってしまったのは明らかにキールが原因だ。状況から察して、『氷結』も不問にすると決断してくれているようだし、ミリアもアステリッドも、そして、クリストファーも僕を擁護して罪はないといってくれた。
何より当事者でもある二人、ルイとジルベルトも理解を示してくれている。
だが、「結果的に」とはいえ二人も人を死に追いやってしまったのは紛れもない事実だ。
これは僕が一生背負っていかなければならない『業』なのだろう。
ルイやジルベルトを引き込んだのも、結局は『罪滅ぼし』だろうと言われれば、否定はできないのかもしれない。
(――いや、実際そうなんだろう。そこは、受け止めないと……。だからこそ、僕はこの道を成し遂げなければならないとも思う。「魔術師になる」というのはそういう事だ――)
この先もこういった『業』を重ねていかないといけないのだろう。そもそもそれが「魔術師」の本分なのだから。
国家魔術院にいる多くの魔術師たちもまた、その『業』を背負って生きている。
そして、それの頂点にいるものは、すべての「魔術師」たちの『業』を背負っているとも言えるのだ。『氷結』も『火炎』も『疾風』も――。
3人ともとても「いい人」たちだ。明るく、聡明で、ユーモアがあり、何よりも慈悲深い。
その実力をひけらかし、権力に固執するなどというところが全くない。
だが、それはある意味彼らの一面でしかないのも事実だ。
その裏には、非情で、容赦なく、残酷な部分ももちろん持っているのだろう。でなければ、国家魔術院の長など、勤まるはずがないのだ。
(ミリアもあんな風になるのかな――)
副院長という役職についている彼女は、もちろん将来は『氷結』の跡を継いで院長になることを見込まれている。
だけど、彼女のあの優しさからその姿はイメージしづらいとも言える。
実際、『氷結』はどう考えているのだろう。
本当に彼女を「院長」に据えようと思っているのだろうか?
キールよりも断然昔から院長はミリアを見てきている。ネインリヒさんもそうだろう。
あの二人がミリアの性格を知らないはずはないのだ。
もちろん、父親のウェルダート公爵も、そして『英雄王』もだ。
(ふぅ、やっぱりまだまだ子供だなぁ――。大人の考えてることなんて、本当によくわからない……。でも、僕は「魔術師」になると決めたんだ。もう後戻りはできない。なら、出来る限り全力で自分の信じた正義を実行するだけだ――)
――それが、キール・ヴァイスなのだ。その為に、まだまだ経験すべきことがたくさんある。
(そうすれば、彼女に苦しい思いをさせなくても済むかもしれない。その為にこそ、僕は進むんだ)
そんなことを考えて歩いているうちに、いつの間にか王都の門を潜り抜け、冒険者ギルドの玄関までやってきていた。
――さあ、新しい世界が始まる。
「冒険者」――。
キールはまだ見ないあたらしい「世界」に踏み込む決意を胸に、その扉を押し開けた。




