第481話 進む研究、止まる開発
「――でも、この「パソコン」の言語は古代エルレア語じゃないから、そう簡単には解読できないんじゃないかなぁ?」
と、ハルが根本的な問題を指摘する。
「それもそうよね――。この画面上に表示されている言語は、リディの言う「えいご」じゃないってことだから、別の言語ということになるわけで……、あ、もしかして――」
と、エリザベスが何ごとかに気が付いた。
「はい、その「もしか」の可能性を先に潰すのはどうでしょう? もし、見つかれば、一気に解読が進むはずです――!」
「――たしかに。となると、キール君の助けが必要かもしれないわね。あと、デリウス教授にも見てもらった方がいいわ」
「ですので、まずは、古代エルレアの文字を「英語」のアルファベットに置き換える必要があります。そうすれば、このパソコンの表示もアルファベットに置き換えられますので――」
「アルファベット? それが、リディの知っている「えいご」という言語の文字なの? それに置き換えてどうしてこの言語が判明するのよ?」
と、エリザベスが疑問を呈する。
「実は、私の前世の世界では「英語」が世界共通語として位置づけられていました。それは、「英語」の文字として使われているアルファベットが、世界の多くの主要国家で使用されている文字に対応しているからなのです。どう言ったらいいのか、ちょっと説明しづらいんですが、各国で使用されている文字の大半がそのアルファベットに置き換えることができる、ということです」
と、アステリッドが頑張って説明をする。
「なるほど――、わかったわ。つまり、とにかくそのアルファベット表記に置き換えることで、ある程度、自分の知っている言語に置き換えて理解ができるということなのね? そして、古代エルレア語が「文字が異なるえいご」だとすれば、古代エルレア文字の26個はアルファベットに置き換えられる――」
「はい! そうすれば、地球《前世》の記憶を持つ人の中に、このパソコンの言語がわかる人がいるかもしれない――」
「リディ……、すばらしいわ! OK、そのことを早速キール君に話して、協力を仰ぎましょう。そして私たちは、この言語のアルファベット化を進めることにしましょう。例えば、この文字のサンプルをキール君に渡しておいて、行く先々で訊ねてもらったり、冒険者ギルドを利用して、この文字列に記憶のある人を探すって手もあるわね。ハルちゃん、忙しくなるわよぉ!」
エリザベス教授は満面の笑みでハルの肩を叩いた。
「え? え? ちょっとぉ、ボクにもちゃんとわかるように説明してよ?」
一人だけ蚊帳の外に置かれている気がしたハルが頬を膨らませる。
その後、今の件についてしっかりと説明を受けたハルは、なるほどと合点したようで、さっそく古代エルレア文字を書き出し始めていた。
その後、アステリッドといくつかの言葉をやり取りしながら、「英語」と「古代エルレア語」を擦り合わせて、『古代エルレア文字―アルファベット互換表』を完成させた頃には、夜中をとうに回っていた。
――――――
クリストファーは、通信装置の改良に苦心していた。
現在の「シングルバンド」から「マルチバンド」への改良は実はそれほど難しくはなかった。
が、どうしても、秘匿性の担保が取れない。
通信装置を使って遠距離間で交信ができるようになれば、それはそれで経済に与える影響はとてつもなく大きいものとなることは明白だが、その反面、軍事においても大きな影を落とすことになる。
通信装置の方は、順調に各国に導入されて行っている。
そのうちすべての国家が導入することは必然で、それはそう遠くないすぐ先の未来に訪れるだろう。そして、そのうち、各地方領主や各種ギルドなども導入してゆく流れとなることは明白だ。
現在の「シングルバンド」であれば、基本的に「発信」に重きを置く情報の伝達が主要な役割となる。つまりは、受信できるものすべてに「伝える」のが目的となるわけだ。
それに対する「反応」は、即、「事象」として現れる。
例えば、ある国家が、「〇〇をいついつまでの期間、いくらで販売する。希望があれば、各国家の商業ギルドを通じて申し出よ」と、発信するとする。
すると、それに興味を持ったものは、自身の国家にある商業ギルドへむかうだろう。
だが、これが「マルチバンド」になると、この「発信」と「事象」の間にもう一段階増えることになる。
「交渉」だ。
回線間に秘匿性が加わることで、「一方通行」だった伝達が、「双方向」の通信へと進化することで、「やりとり」が生まれることになるわけだ。
これが経済の面なら大歓迎なのだが、軍事の面においては、とても危険をはらむことになる。
たとえば、密かに通じ合った国同士が結託し、ある国を共同で攻めるというような軍事行動の謀略を助長することになるからだ。
(やっぱり、今のこの世界で、「マルチバンド」は弊害の方が大きい――)
とクリストファーは結論付ける。
これを担保する方法を探し出せないうちは、やはり、この技術を発表するべきではないのだと、そう決断するに至ったのだった。




