第477話 黄金の天頂
『英雄王』と『翡翠』、いや、冒険者リヒャエル・バーンズと冒険者ジルメーヌ・アラ・モディアスが出会ったのは、東の国、デリアルス王都ニューデルの冒険者ギルドだった。
時代は今から50年以上前のこと、リヒャエルはようやく金級冒険者に手が届こうかという頃だった――。
リヒャエルがいつものように掲示板を物色し、依頼の吟味をしている時、不意に隣に少女が現れると、リヒャエルが取ろうとしていた依頼書に手を伸ばし、掲示板から引き剥がした。
「あ――」
と、思わず声が漏れたリヒャエルの顔を怪訝そうに見つめる少女の瞳が金色に輝くのを見て、リヒャエルは思わずそれに見とれてしまった。
一瞬時が止まり、静寂が流れたとき、不意に二人の肩を叩いた者がいた。
それが、ブリックス・ロイだったのだ。
「おい嬢ちゃん、その依頼、一人で行くつもりかい?」
紅色の鞘に納められたブロードソードを両腰に差した冒険者がそう告げる。
「――ああ、そのつもりだが……」
少女は似つかわしくない言葉でそう返す。その少女こそ、ジルメーヌであった。
「――それに、わしは嬢ちゃんではない」
そう言って、肩に置いた手をはらおうとするが、その瞬間に、ブリックスが先手を打った。
「実は俺たちもその依頼を受けようと思ってたんだ。依頼票が早い者勝ちだってことはもちろん承知している。その上で申し出なのだが、どうだ? ここはパーティで行くってのは?」
リヒャエルは言葉を失った。その男とは全く面識がないし、もちろん、この少女ともだ。
「――なあ、兄さんもそれでどうだ? 見たところ、結構な腕前に見えるぜ? まあ、俺の方がまだ上だけどな?」
「お、俺は――」
と言いよどむリヒャエルの言葉に被せて、ジルメーヌが言葉を発した。
「ふむ。わしの邪魔をせんと言うのなら、付いてくるのは構わんが。取り分は、わしが半分で、お前たちは4分の1ずつになるが?」
「OK、交渉成立だ――。俺の名はブリックス、ブリックス・ロイ。見た通り剣士だ。――で? 嬢ちゃん、いや、ねぇさんの名は?」
「ジルメーヌ。ジルメーヌ・アラ・モディアス。魔術師だ――」
「ジルメーヌ、いい名だ。兄さんは?」
リヒャエルはまだ何も返答していない。が、すでに既定路線に乗ってしまったようだ。ここまで一気にまくし立てられ全てこのブリックスのペースに巻き込まれてしまった。
だが、ここまで来て退くのも男らしくないと自分の背を押すと、
「リヒャエル・バーンズ。騎士だ――」
「やっぱり騎士だったか――。良い甲冑を付けてるとは思っていたんだ。どこの国だい?」
全く遠慮のない男だ、と思いながらも、わざわざことを荒らげる必要もないし、また、どこの国に属すものかも、特に隠し立てするようなものでもない。
そう考えたリヒャエルは、
「メストリル王国――。そこの王室に身を寄せている」
と、答えた。
「身を寄せている――、ってことは、仕えているというわけではないんだな? それで、冒険者をやっているわけか?」
「いや、冒険者が先だ。国王に時々顔を見せろと言われているだけだ」
その返答を聞いたブリックスはやや怪訝な顔をしたが、すぐに取り直し、
「まあ、なんでもいいじゃねぇか。とにかくよろしくな二人とも! 楽しい冒険が始まるぜ!?」
――――――
「ブリックスとわしらの出会いはそんなところじゃ――」
「ああ、あの時は――、いや、あれからも事ある毎にアイツのペースに巻き込まれ続けたんだ」
と二人は互いに頷き合っている。
いや、そんな馴れ初めはあまりどうでもいいと言えばそれまでなのだが、どうやら、随分と強引でマイペースな人のようだというイメージは沸いた。
キールは、
「それで――? その後はどうなったのです?」
と、話を促す以外に方法はない。
なにせ、相手は『英雄王』と『翡翠』なのだ。もしここで、そんな話は別にどうでもいいから、ブリックス・ロイについて話してください、と、言って機嫌を損ねでもしたら余計に面倒だ。
結局その後の話を要約すると、その後も3人は行動を共にするようになり、そこへ、あとの3人、キューエル、ティット、レイモンドが加わり、この中央大陸を縦横無尽に冒険し尽くし、いつの間にかついた称号が『黄金の天頂』だったのだという。
だが、6人で行動したのはほんの数か月の間だった――。そしてその数か月こそがまさしく『天頂』だったのだ。
「最後に加わったのはティットだったんだが、ティットを拾ってきたのもブリックスだった。そして、その6人で数か月たった時、ブリックスは突然、冒険者を引退したのさ」
「パーティの誰にも相談せず、勝手に決めてしまいよった。その後、数日して、奴の冒険者ギルド支部長が内定したのじゃ」
そんなところが、『英雄王』たちの沿革らしい。
「『黄金の天頂』のリーダーが抜け、しばらくして、わしもエルレアへ戻ることにした。その頃には、リヒャエルも『英雄王』になっておったしな。冒険も思うように行けなくなってしもうた。それにわしの元へも帰還命令が出ておったのを先延ばししておったのでな。ちょうどいい頃合いじゃったのじゃ」
「え――? ちょっと待ってください。もしかして、『黄金の天頂』のリーダーって、『英雄王』さまではなかったんですか?」
と、聞いたのはミリアだ。
「ああ、俺じゃねぇ。俺はアイツが抜けたあとに継いだだけだ。『黄金の天頂』の実績のほとんど全てはアイツの裁量によるものだったのさ――」
と、『英雄王』。
「まあ、その後のリヒャエルの活躍も素晴らしかったのでな。『黄金の天頂』を知るものでも、今でも思い違いをしているやつが多いのもまた事実じゃがな」
と、そう『翡翠』がまとめた。




