第474話 冒険者ギルド支部長ブリックス・ロイ
ブリックス・ロイはギルド支部長室の壁に掛けられた6人パーティの肖像画をぼんやり眺めていた。
かつて、冒険者は一時代を謳歌していた時期があった。
『暴風』リヒャエル・バーンズはその代名詞と言える。そして、そのパーティ『黄金の天頂』は全ての冒険者の憧れだった。
リヒャエル・バーンズのいくところに風あり――。
と、謳われたのはもうずいぶんと昔のように感じる。
メインは『暴風』リヒャエル・バーンズ。
そして、『翡翠の魔術師』ジルメーヌ・アラ・モディアス、『冷徹な神官』キューエル・ファイン、『軽業師』ティット・デバイア、『重撃』レイモンド・バーンスタイン、そして――。
『紅の双剣』ブリックス・ロイ――。
この6人に打ち負かせない魔物はないと言われたころが懐かしい。
(そんな気概のある冒険者も随分と減ってしまった――)
この6人の中で『暴風』の次に年長だったのが、ブリックスだった。まあ、『翡翠』は誰よりも年長だが、見た目はうら若い少女のようだったから、この際、除外する。
そして結局一番最初に第一線から身を引くことになったのは、ブリックスだった。
『英雄王』となっても、「いまだ現役」を吹聴していたリヒャエルも、この間の『海外渡航』を最後に「冒険者」をとうとう引退すると聞いている。
ただ、アイツのことだ、今になって、冒険者証の返還を渋っているのではないかと、ブリックスは見ていた。
事実、いっこうに、冒険者証を返しに来やがらない。
冒険者を引退したものは、所轄冒険者ギルドへ冒険者証を返還する習わしとなっている。
リヒャエルの所轄は、ここ、「冒険者ギルド」メストリル支部だ。
つまり、返しに来る先は、この自分、ブリックス・ロイギルド支部長なのである。
(ったく、アイツ、意外と往生際が悪いんだよな――。夕飯の後の『ピット』の時も、最後まで俺は負けてねぇって粘ってやがったからなぁ)
『ピット』というのは、いわゆるカードゲームだ。ルールは単純で、手札から全員が一枚ずつ出し、その回の得点札を誰が取るかを争うものだ。
そんな、遊興ですら、真剣に勝ち負けにこだわり、最後まであきらめないという『暴風』の「人間らしさ」を知る者は、実はもうそれほど多くない。まあ、当時いたるところの酒場で巻き込まれた冒険者たちの間では有名な話だったが、今となってはそんな昔話をするものもほとんどいなくなってしまった。
(――なんだかなぁ……。魔物討伐の依頼は相変わらずあるが、どれもこれも小物ばかりで、こう、血が滾る的なものも少なくなった気がするし、秘境の探索で新しい迷宮が発見されたなんていう報告も、最後はいつの話だったかと思うぐらい前のことだ――。ああ、俺もそろそろこの職を辞して、畑でも耕すか……)
などと、ぼんやりと考えている。
だが、畑を耕すとなると、リヒャエルに税を納めることになるということだけがどうしても納得いかない。
ふぅ――と、大きくため息をついたその時、扉がいきなりどんどんと叩かれ、
「――支部長!! た、たいへんです! とうとう来ました!!」
と、そう言いながら扉を開け放って勢いよく部屋に飛び込んできたものがいる。
「ど、どうした、エリー? 誰が来たんだ? まさか、『暴風』がきたのか!?」
と、思考していた続きで思わず問いただしてしまった。
「『暴風』? あ、いえ、違います! もっと大変です!」
と、エリーは顔面を上気させながら、言葉を継ぐが、肝心のところまでまだ行きつかない。
「だから、誰が来たんだと聞いてるだろ? 早くこたえろ、エリー」
「『稀代』です!」
「『稀代』? ――『稀代』って、あの『稀代』か?」
「はい、『稀代の魔術師』キール・ヴァイスです! 私、彼の大っファンなんですよ! その彼が、とうとう冒険者になりたいって――、今、下に来てます!」
ブリックスは、すこし、訝しんだ。
たしかに『稀代』キール・ヴァイスの話は聞いている。なんでも、幻惑魔法の使い手で、魔術院の魔術師名簿からも漏れていたらしいという一風変わった出自の魔術師だ。
そして、国家魔術院に属さず、今は『翡翠』が後見人になっていて、最近は船を駆って海にばかり出ているという自由人――。
そんな男がどうして「冒険者ギルド」にやってくるのだ?
しかも、冒険者になりたいって――。
リヒャエルとダーケートに行ったり、エルレアに行ったりと親交を交わしていることも承知している。
仲間を募るなら、もう充分に周囲にいるだろう。
「――それで? その『稀代』はどうして冒険者になりたいと言ってるんだ?」
「あ、いえ、それはまだ聞いてませんが――」
「――はあ、エリー。お前はこの支部の受付嬢の長だろう。そのお前が、そんなに《《はしゃいで》》いてどうするんだ。――まあ、いい。とりあえず、話を聞かせてもらおう。ここへ呼んでくれ」
「は、はい! 呼んできます!!」
そう言うとだっとまた駆けだして部屋を飛び出してゆく。おそらく、長く待たせすぎると帰ってしまうのではないかと、そう危惧してのことだろう。
まったく、ああなってしまった「人」というのは、正常な判断を失うものなのだろう。おそらく、エリーは自分の話など半分も聞いてないに違いない。




