第469話 ボウンとドラゴン三人衆、出会う
やってみれば、結局、なんてことはなかった。
問題なく森にいる全員を「次元の狭間」に移動させることができたのだ。
「なんか少し変な気分になったけど、もう大丈夫だよ。なにこの真っ白いところ――」
と、初めてここを訪れたハルがキールに問う。
「ふうむ、我らの大世界の他にこのような世界があろうとは――。我らでも知らぬことはまだあるものなのだな……」
と、リーンアイムも素直に驚いている。
「『次元の狭間』と、一応そう呼んでる。でも、実際、不思議な空間なんだよね。僕もここがどういう仕組みなのかはよくわからないんだよな」
と、キールが応じた。
「あ、キールさんあそこ――」
「この間の扉ね……、ということはボウンさんもいるってこと?」
と、アステリッドとミリアが扉に気が付いて声を上げた。
「あの扉、どこに繋がってるのさ? なんか、宙に浮かんでいるみたいに見えるけど?」
と、ハルは怪訝そうに首をかしげる。
「それに、ボウンって、もしかして、大魔導師ロバート・エルダー・ボウンのこと?」
ハルにはすでにキールの「前世の記憶」のことは話してある。もう随分と前のことだが、エルレア大陸へと遠征した時、馬車の中で『翡翠』とハルに話したのだった。しかし、実は「神候補」と『真魔術式総覧』の話はしていない。
ミリアとアステリッドはここに来るのは2回目だ。前回は、ノースレンドのヘラルドカッツ大使館からきている。
「ハルにはまだ話してないことがあるんだよ。でもさすがにここに連れて来たからには話さないわけにはいかないよなぁ」
と、キールはばつが悪そうに頭を掻く。それから、
「まあ、とにかく、あの扉を開けてみようか。ボウンさんがいるかもしれないし、居たら居たで相談することにしよう」
と、言って、白い空間を「歩き始めた」。
それにしても、相変わらずこの空間は、真っ白で方向感覚が掴みづらい。よおく見ると、南の方角に光がさしているということだったが、初めの頃はよくわからなかったほどのものだ。
「接続点」を探し当てられなければ、元の場所に戻ることが難しいのも難点だ。
(もし僕がカミサマになったら、まずはこの空間の設定を変えるとこからだな――)
などと、考えてしまった。
キールたちは扉の前に到達すると、扉を開けてみた。
扉の中はこの間来たときの応接室のままだ。
「え? なんで? どうしてこんなところに部屋があるの?」
ハルはさすがに驚くが、アステリッドが軽く肩を叩いてなだめる。
「よく来たな、坊主。それに、今日はなんとも大勢いるな? ドラゴン族が3人か。じゃが、ここに始めてくるのは、リーンアイム、お前だけじゃな」
部屋の中にいた白髭じじいが扉の方へと寄って来て、扉の中から外をのぞきながら言った。
「我の名をどうして知っておるのだ?」
と、リーンアイムが訝しむ。
「わしは神じゃからの。そんな事より、ちょっと待て。そのままじゃ、ここに入れんだろうからな。すこし、細工をしてやろう――」
そう言うと、白髭じじいは右手を上げてすぅっと振った。
3人のドラゴン族が瞬く間に光に覆われ、その後、その光が白い空間に溶け去ってゆくと、そこには3人の人影が現れた。
キールたちと同年代かややお兄さんお姉さんぐらいの人影だ。男性が2人に女性が1人。
「まあ、こんなもんじゃろう。姿かたちは人族寄りの若者のものを当ててみた。ほれ、中にはいって、そこに在る姿見で見てみるがいい」
3人は言われるまま部屋の中にはいると、まず初めにジョドが姿見に自分の姿を映した。
「なんと、これが、わしか――。ふうむ、まあ、悪くはないじゃろう。それにしても、この胸のふくらみは少し邪魔な気がするが――」
と、自分の胸を持ち上げてみせる。
「ちょ! ちょっと、ジョド! そんなところ持ち上げないの!」
と、慌ててミリアが制止する。
「次は我じゃ! ――ううむ。なかなかの男前ではないか。まあ、人族の男前がどうかはわからんが、少なくとも小僧よりはいい男のように思うぞ? 気に入った」
と、リーンアイムも満足げだった。
「ミリアさん、あの……、べリングエルさんって――」
「ええ、私も目を見張ったわ。彼、美しいわね――。クリスに匹敵するわ」
と、ミリアとアステリッドが囁き合う。
「では次は私の番だな。ふうむ。少し、儚げに見えるが、この青く長い髪は私のイメージによく合っている。肌が少し白い気もするが、まあ、いいだろう」
と、べリングエルもまんざらでもなさそうだ。
「まあ、文句を言われても変わらんがな。そもそもそれはお前たちのイメージが具現化したものじゃからな。わしが考えて作ったわけではない。出来が悪かったのなら自分の想像力を呪うのじゃな――。ところで、キールよ、お前の要件を先に聞こうか。こちらもこちらでお前に一つ頼みごとがある」
と、ボウンさんが言った。
キールは少し驚いていた。
これまでに何度かここにきているが、ボウンさんから何かを「依頼される」などということはなかったからだ。
「ほれ、どうした? 話が進まんではないか」
キールは少々嫌な予感がしたが、ボウンさんにそう促され、要件を話し始めた。




