第467話 ほっとどっぐと宝石
「あ、あ~~~!! 何をするんですか!? この竜!」
アステリッドは思わず声を荒げた。
「お!? おお――――!! なんだこれは!? こんなに美味いものは初めて食べたぞ!? 小娘! これは何という食べ物だ!?」
と、そのアステリッドの声に被せるように言いながら、リーンアイムが首をアステリッドの方へぐいと寄せた。
「ちょ、ちょっと!? 人の話を聞いてるんですか!? ああー、折角後で食べようと――。二つもあったんですよ? せめて一つだけにしておいてくださいよぉ!」
と、アステリッドも負けじと顔を寄せる。
「あ、いや、それはすまぬ。なんと言うか、先程からお前たちがもってきた包みから良い匂いがしていたものでな、腹もすいていたので、我慢できなんだ――。ああ、そうだ、代わりにこれをやろう。代金のようなものだ――」
そう言うと、リーンアイムは翼の付け根あたりに手を差し入れ、次いで、その手をアステリッドの方へと伸ばし開いた。その手のひらの上には、人の指先程の銀色に光る宝石が乗せられていた。
「これは――」
「うむ、ダイヤモンドという石だ。かつてこの世界ではそこそこ採集されていたのだが、今はほとんど見かけなくなっているようだ。希少な石だ。お前にやろう」
「ダイヤモンド――!!」
と、アステリッドが叫んだ。
その声を聴いた二人も叫び声をあげることになる。
「ダイヤモンドですって――!?」
「ダイヤモンドだって!?」
叫んだのはミリアとキールだ。
「えっと、ドラゴンさん? この石の価値、知ってるんですか?」
と、アステリッドが問う。
「この世界で今はどのくらいの価値があるかは知らんが、とはいえ、それなりの値は付くだろう? 今の食べ物の礼として、釣り合うとは思ったのだが――、ダメか?」
と、リーンアイムが少し困ったような声で返した。
「いえいえいえ、ダメじゃないです! ただ、こちらの方が随分と高くて――」
「おおそうか! 足りるのだな!? よかった。実は我はそれぐらいしか交換できるものが無かったのでな。これがダメならひとっとびして魔物を狩ってくるしかないと思ったのだが――」
「足りるどころか、多すぎますよ!」
「ん? そうか、そうなんだな。じゃあ、小娘。これで我にまた今の食べ物を買ってきてくれ。ああ、もちろんおまえの分もそこから払っておいてくれてかまわない。足りなくなったらまた言ってくれ。何か違うもので――」
「足りなくなるって――。一体どのぐらい先のことになるか――」
「おお! そんなに食べられるのか? じゃあ、交渉成立だ。よろしく頼むぞ、小娘」
そう言うと、リーンアイムは喉をゴロゴロと鳴らした。
「あ、リディー? あの包みの中身って、何か食べ物だったの?」
と、ミリアがアステリッドに問いかける。
「あ、ああ、それならボクも持ってるよ。これだよ、「ほっとどっぐ」っていうんだって?」
と、ハルが、包みの中に残っていた「もう一つ」を取り出して見せた。
「ホットドッグだって――!?」
と、思わず声を上げたのはキールだ。
キールももちろん「ホットドッグ」は知っている。原田桐雄の記憶の中にあるからだ。
「ちょ、ハル、それ見せてもらってもいいかな?」
「うん、いいよ。でも、食べちゃダメだからね? それは師匠の分だから――」
「ああ、もちろん、食べないよ――。あ、ほんとうだ、これ、「ホットドッグ」だ。アステリッド、これをどこで――?」
と、キールがアステリッドに質問する。
「じつは、今日開店したお店で、メストリル商店街に出店してたんです。キッチンカーで」
「キッチンカーだって!?」
「はい。まあ、荷馬車でしたけど。でもあれって、たぶん、キッチンカーだと思うんですよ――」
「――それって……」
「ええ、おそらくそうじゃないかと思います」
キールとアステリッドにしかわからない会話が今やり取りされている。「キッチンカー」に「ホットドッグ」、両方とも前世の世界の物だ。そこから導き出される答え、その可能性は十分にあり得る。
「一体何の話をしているの? キール」
と、ミリアが要領を得ず、訝しげな表情で問うてくる。
「ん? ああ、ごめん――。なんでもない、ちょっと、知ってる人かもって思って――」
と、なんとかやり過ごす。
今、前世の話をするわけにはいかない。『英雄王』や『氷結』、ネインリヒさん、それにウェルダート公爵もいるのだ。
実は、この4人には、キールとアステリッドの「前世の記憶」についてはまだ明かしていないのだ。
「そうなのね? それで? その「ほっとどっぐ」ってなんなのよ?」
とミリアが話を進めようと試みる。
「あ、ああ、パンにソーセージを挟んでケチャップとマスタードで食べる料理ですよ。ここのはピクルスやレリッシュも入ってるみたいで……」
と、アステリッドが合わせてゆく。
「ボク、一つ食べたよ? とっても美味しかったんだ。だから、もう一つは師匠にって――」
「おほん! もういいですか? いつまでもおしゃべりをしている場合ではありません。皆さま公務の間に集まっているのです。ミリア、報告を――」
と、ここまでじっとこの「寸劇」を聞いていたネインリヒだが、ついに堪忍袋の緒が切れたようで、話を切るように割って入った。




