第465話 異世界でホットドッグ
「ほら、あれだよ?」
ハルが指さす方を見ると、なるほど結構人気のようですでに行列が出来ている。
アステリッドは、行列に並ぶ前に店の構えを確認しに店舗の方まで歩み寄った。
(――! 店というより、キッチンカーじゃない、これ!?)
見ると、大型馬車の荷台を改装して調理場と販売台が一緒になった造りになっており、荷台の窓から二人の店員さんの姿が覗いている。
荷台はピンク色に塗られており、まさしく「ほっとどっぐ」と銘打たれたロゴと、イラストまで丁寧に描かれていた。
そしてその販売台から店員さんのうちの一人が、列を作っているお客さんに次々と細長い手のひら二つ分ぐらいの包みを手渡している。
「ほんとうだ――、「ほっとどっぐ」って書いてある――」
アステリッドの記憶をたどる限り、この世界で「ほっとどっぐ」を見るのは初めてだ。
実は、「ハンバーガー」は目にしたことがある。もちろん、すでに食している。ただ、ネーミングは「ハンバーガー」とは言わず、「ビーフパテサンド」となっていた。
ハンバーガーがあるのだからホットドッグがあっても不思議ではないのだろうが、問題はそのネーミングの方だ。
藤崎あすかの記憶によれば、「ホットドッグ」という名の由来は、「温めたソーセージ」というもので、英語起源だったはずだ。「ホット(温かい)」+「ドッグ(ソーセージ)」である。どうして「ドッグ」がソーセージかというと、そもそもドイツから渡ってきたソーセージが犬に似ているとかから来た俗語らしい。
ソーセージが犬というのは多少無理があるように思うが、俗語なんてそんなものだと理解するしかない。
いや、今問題なのは、こちらでもソーセージを「ドッグ」と呼ぶのかということである。
アステリッドの記憶をたどる限り、そんな言い回しは聞いたことが無い。
(――もしかして、店主さんって転生者?)
そんなふうに訝しんで、荷台の中を覗き見ると、中年のおじさんの姿が見える。彼が店主なのだろうか。
「リディ姐! いつまでこうしてるつもりだよ? 早く並ばないと無くなっちゃうかもしれないよ!」
ハルが腕を引っ張って急かす。
アステリッドは、「ああ、ごめん。並ぼうか」と応じて、二人して列の最後尾に付いた。
ハルはとても嬉しそうに笑顔がはちきれんばかりだ。
こういうハルの笑顔にアステリッドもとても癒されている。
そもそも、このメストリルに戻ってきてからと言うもの、大抵キールさんやミリアさん、クリストファーさんたちと一緒に過ごしていたため、実は同年代の友人を作ることが無かった。
そんなアステリッドに、「可愛いい妹」が出来たのは、数年前の話だ。
それまでも、「キール一味女子部」のように、一緒にショッピングやスイーツを楽しむ仲間はいたが、彼女たちは自分より年上のお姉さま方だ。それに、二人とも今はとても忙しくしていて、なかなかに気軽に声を掛けづらい。
そんな中、訓練中だろうが仕事中だろうが、お構いなしに声を掛けてくるハルの奔放さと気安さには、煩わしさよりも和みを与えられている気がしている。
「大丈夫かなぁ~? 売り切れたりしないよね?」
などと、不安げな表情を見せるところも愛らしい。
ハルの一つ一つの行動に、物事に集中すると気負ってオーバーワークしてしまう感のあるアステリッドの気持ちが解されてゆくのを実感する。
幸い、列に並んでいる人数は30人ほどだろうか。
在庫が不足するようなことになれば、店員さんの動きや表情に何かしらの変化があるはずだが、今のところそのようなそぶりは見せていない。
数分並んでいるうちに、無事に二人の番になった。
「いらっしゃいませ~。おいくつですか?」
女性店員さんが個数を確認する。
どうやらメニューは一つだけで、「ほっとどっぐ」しかないようだ。
「リディ姐は幾つにする? ボクは二つ、お願いね?」
おそらく、ハルは『翡翠』さまにも持って行くつもりなんだろう。
「じゃあ、私も2本にしようかな。――店員さん、じゃあ、4本でお願いします」
女性店員は、はい、4本ですね、と答えるとすでに包んである「ほっとどっぐ」を4本袋に入れて差出してくれた。
お代を渡してその袋を受け取り、店の前から少し離れる。
袋の隙間から漂ってくる香りは、まさしく「ホットドッグ」のものであることをあすかの記憶が保証していた。
「はやく~、 リディ姐~」
急かすハルをなだめつつ、一包み取り出すと、それをハルに渡してやる。自身も一包み取り出して包み紙を丁寧に開いた。
「――ホットドッグだ……」
アステリッドはその形、色をみて絶句した。
まさしく「ホットドッグ」。縦長のコッペパンを二つに割った間に、一本のソーセージ。そして、ケチャップとマスタード、オニオンのみじん切りに、キュウリのピクルスのみじん切りも挟まれている。
「――! おいしい~! リディ姐、これ、ほんとに美味しいよ!」
早速かぶりついたハルが感嘆の声をあげる。
その口の両端には、すでにケチャップとマスタードが溢れて付いていた。
「ほら、ハルちゃん、ほっぺにいっぱいつけてるよ?」
そう言った時だった。
急に頭上を何かが通過したらしく、日が遮られる。通りを歩いていた者たちも、その様子に気付くものが出て、空を指さしてざわついている。
「――! リディ姐! ドラゴンだ! 3頭いるよ――!?」
いち早く気が付いたハルが叫んだ。
「二頭には人が乗ってた――。え? もしかして、もう一人はキールかもしれない! 王城の方へ飛んで行ったよ!?」
アステリッドはホットドッグを手にしたまま、ドラゴンに跨る愛しい人の背を目で追っていた。




