第463話 風穴を出てニューデルへ向かう
結局のところ、「人類」だけは食べないでくれと懇願した。
これに対しリーンアイムは爆笑した。
「わっはっは! キールよ、お前、面白い奴だな! そんな心配をしていたのか? ドラゴン族を何だと思っている。我らもまた「人類」であるぞ? それに、知能はおそらく人族より数段上だ。そのぐらいの分別はあるわ」
と、笑い飛ばした。
リーンアイムの言った「面白い奴」が、ミリアに対するものとは違う意味であることぐらい、キールにもわかる。
まあ、なんにせよ、リーンアイムが外に出て、人民を襲って食い散らかす様なことになったら、それこそ世界崩壊の大災害を外に解き放ったようなものだ。
そんな責任、キールには負えそうにない。
その心配が無くなっただけでも、取り敢えず、よかったとしよう。
「さて、話はおわったな。では行くとしようか。キール、お前は我の背に乗れ。お前らが歩くのに合わせてると日が暮れるわ」
「わかった。じゃあ、ジョドはミリアをお願い――。――よし、これでいいかな? 乗ったよ?」
隣を見るとミリアもまたジョドの背に跨り終えた。
「ジョド、べリングエル、付いてこい。道を用意する――」
と、リーンアイムは言うなりふわりと宙に舞い上がった。そしてそのまま縦に「天井」を目指して上昇してゆく。
ここはドーム状の空間だ。キールが見る限り、天井に『出口』らしきものは無い。
「リーンアイム! 出口なんてどこにも――」
と、キールが叫ぶ。
「うるさい小僧だ。いいから見ておれ」
言うなり、リーンアイムはその顎から「光線」を噴き出した。
もちろん、その光線はまっすぐ天井に向けて飛んで行く。
どっごぉ~ん!!
(まさかとは思ったけど――やっぱりそうだったか……)
キールは項垂れた。
光線が照射された天蓋にはかなりの大きさの穴が穿たれる。その穴の表面は、超高熱によって焼き固められているようだ。
どうやら、天井から地上までの間の土や岩を溶かしたらしい。
(ああ、被害が無ければいいけど、大丈夫だよな――)
キールは一応即座に魔法感知を拡げて周囲の様子を確認したが、どうやら「人」の気配はないようだ。
3人の竜はその穴を通って外へ出た。
そしてそのまま大空へ舞い上がる。
眼下にはカナン村周辺に広がる森、そして少し離れたところに集落の跡が見て取れた。おそらくあれがカナン村だろう。
「キールよ、すこし寄り道するぞ」
リーンアイムはそう言うと、村があったと思われる場所へと向かって飛んで行く。
「リーンアイム――、あれがカナン村だ……」
「わかっている。供物を捧げてくれていたのはこの村のものたちだったのだろう?」
「ああ、村にあの風穴の様子を記した日誌があったんだ。ほぼ毎日――」
リーンアイムはカナン村の上空をぐるぐると数回周回すると、ごおぉんと、吠えた。
そして、その後、東へ向かって方向を定め前進し始めた。
目指すはデリアルス王都ニューデルだ。
「魔族どもめ――。さすがに好き放題やりやがって。あ奴らの存在もまた今の世界の問題であるな――」
「リーンアイムは魔族について何か知っているのかい?」
「いや、かつての世界にはあ奴らは存在しなかったのだ。いつから出現し始めたのか、それも定かではない――」
「そう、か……」
キールはふと、リューデス・アウストリアのことを思い出す。
リューデスは魔族を召喚しようとしてるのではないかと言われているエルルート族の男だ。
存在自体が何なのかわかっていない「魔族」。
奴らはたしかに「生物」であるように見える。だが、この間の風穴での時もそうだったが、「スポット」周辺にいきなり「湧く」様子を見ると、それもどうか怪しい。
ただ、存在自体は「物体」であることは間違いなく、屍は残るし、骨なども存在している。
なので、リーンアイムのように「魔族」を喰らうこともできるというわけだ。
まあ、キールが使う「幽体」の術式の場合、キールもまた「いきなり湧く」ように姿を現すのだろうから、魔族がこの世界に現れるのも魔法による効果と考えられるのかもしれないが――。
「やっぱり、別の世界からの侵入者――なのかな」
と、キールが思わず零した。
「ふむ。確かにそう考えるのが一番『理屈に適っている』ように見えるかもしれんが、人類も魔法を扱うものが生まれているのなら、あながち人類の誰かが産み出して送り出しているということも考えられなくはない」
とはリーンアイムの返しだ。
なるほど、確かにそうだ――。
魔族が「物体」であり、「スポット」が移動手段ということなら、移動する前はどこかに「存在」していたはずで、そこが「この世界ではないどこか(例えば異次元空間?)」であるという見方もあるが、むしろ、「この世界のどこか(つまり大世界のどこか)」と考える方がより現実的だ。
「――たしかにリーンアイムの言う通りだ。でもだとしたら、そいつの目的はいったいなんなのだろう?」
「目的? そんなもの、無いかもしれんぞ? 人類はただ興味のあるものを見て触って操って快楽や愉楽を得るものも多い。自分が面白ければ周りの状況や周囲の人のことなど顧みない人類はいくらでもいるのだ――」
残念ながら、キールはこのリーンアイムの言葉に異論を唱えることはできなかった。




