第461話 ミリア・ハインツフェルトの覚悟
キールは、胸を強く打たれた。
ミリアの行動に、である。
確かに彼女の言った通りだ。
今の僕たちがここで存在しているのは、全ての過去の人々の行動の結果、だ。
そしてその中でも「大きな決断」と言うものがある。
おそらく「100日戦争」はその決断の一つと言って過言ではないだろう。
ドラゴン族がこの大地、いや、この「地球」を生物が生きられない場所になるのを防いでくれた。そのことはドラゴン族から聞いた「100日戦争」へ至る経緯が本当だとすれば、間違いのない事実なのだ。
聡明な彼女は、そのことに既に気が付いているが故の感謝の意、そして、ただただ、リーンアイムの長きにわたる闘病生活に対し、労いの意を表したのだ。
キールは自分自身がそういうところにまで気が回らないことに改めて気づかされた。
やっぱり、ミリア・ハインツフェルトは「最高の女性」だ。彼女のどこに惹かれたのか、あらためて思い知らされている。
「ふん。ジョドよ、このお嬢さんはいったい何者なのだ? お前たち二人が守護者として付いているのは、これが理由か?」
リーンアイムは、ミリアから顔を離し、ジョドとべリングエルの方に首を寄せて問いかける。
「――どうじゃ、面白い姫じゃろう? リーンアイムよ、わしはこの姫と共に今一度「人類」に期待してみようと思うておる。過去にわしたちが対峙した「人間」は、すでにこの様な素直な心を失っておった。結果、「100日戦争」は回避できるものではなかった。あれは「必然」じゃと、わしは今でもそう確信しておる。――じゃが、今回はまだ間に合うかもしれぬと、そう思い、期待してみることにしたのじゃ」
と、ジョドが返す。
「――科学、か。この者たちもすでにそれに手を付けているのだろう? かつての「人間」も初めはそうだった。そしてどんどんと素直な心を失ってゆき、利己的で傲慢な考えに変わって行った。まるでこの大地の全ての摂理をも理解したかのように振舞い、奢り、我が物顔に世界の資源を貪り続けた。そしてとうとう、隣人さえも信じられなくなり、その結果、あの忌まわしい戦争が起きたのだ。今思えば、やはり科学こそが元凶なのではないかとさえ思う」
リーンアイムもまた、過去の「100日戦争」を忌避している一人だということがこの言葉から読み取れる。
キールは前世の記憶を少し思い返す。
今リーンアイムが言ったことに心当たりがあるからだ。
原田桐雄の生きていた時代、人々は科学の恩恵を享受していた。いや、むしろそれなしでは生きられないほどにまで「依存」していたといってもいい。
すべてが電力というエネルギーによって動き、それなしでは、生きることが出来ない程に必要としていた。
食事を作るにも、睡眠をとるにも、仕事をするにも、そして、ただ愛しい人と結ばれ子供を産むことにさえ「電力」が必要だった。
そして人々は、より多くの「電力」を買うために、人を蹴落とし、足を引っ張り、騙し、あるいは脅し、最終的には力づくで金を奪い合っている。
そんな世の中だった、もしくはそう遠くない未来にそのような世界になると言っても言い過ぎではないように思う。
まさしく、この大地にかつて存在していたというバレリア遺跡の文明に酷似している。そうだとすれば、あの原田桐雄が生きていた世界もまた、「バレリア」と同じように滅亡の道を歩むのかもしれない。
「――人は」
と、キールが言葉を絞り出す。
ここにいる皆が、キールの言葉に注意を向けた。
「レントは、そんなに欲望に溢れてはいない――。レントと「人間」は違うんだ。自然を愛し、慈しみ、科学もまだ始まったばかりで、これから舵取りが始まっていく。今その科学の最先端にいる人は二人とも心の優しいレントだ。決して「人間」と同じ道は歩かない。あの二人なら、舵取りを見誤ることはない――」
キールの言葉は、事実の断言ではなく、希望の祈りである。
そうだ。
かつての「人間」も、初めはそうだったはずなのだ。
ただ、今より少しだけ、便利に。ただ、今より少しだけ、家族との時間を取るために。そして、ただ、今より少しだけ、虐げられるものが減るために。
「科学者たち」の理想は常に「人」に根差したものだったはずだ。でなければ、あれほど多くの画期的な発明を成し得るはずはない。
ただこれを作れば売れる、これが成功すれば名声が得られる。
そんな程度の想いでは、到底、命や人生をかけて研究や実験に何度も失敗しながらもあきらめずに成し遂げるなどという偉業は絶対に成し得ないのだから。
ドラゴン族の3人にはたいしてこの言葉は響かなかった。
彼らはすでにそれを見てきている。
そしてその結果も見届けている。
もちろん、この小僧、キール・ヴァイスが言いたいことは理解できる。が、やはり、「祈り」は「祈り」でしかない。
そのことをドラゴン族は身をもって経験しているのだ。
べリングエルが言葉を放つ。
「小僧、気持ちはわからなくはない。が、それは、『祈り』だ。『祈り』は自分の心を強く保つために必要なものではある。が、『祈り』だけで事は成し得ないのだ。『祈り』が共通の『意思』にまで昇華するには行動の結果が必要となる」
と。
「大丈夫よ、べリングエル。私たちには魔法があるわ。魔法はそれこそ自然の叡智の結晶よ。科学もまた自然の摂理を利用した現象だって、エリザベス博士も言っていたわ。もちろん、魔法使いでもあるクリストファーだってそれをしっかりと理解しているはず。大丈夫。私たちは、絶対に同じ道を歩まない」
ミリアはそう言った。
彼女のこの言葉はすでに『祈り』ではない。
彼女のこの言葉、それは『覚悟』だと、キールは悟っている。
ならば自分は彼女の『覚悟』を支えよう。
そうか、それが僕がこの世界に生まれた理由、「使命」なのかもしれないと、キールはふと脳裏をよぎった。




