第460話 リーンアイムの覚悟
「どのぐらいかかったのじゃ?」
そう問いかけたのは炎竜ジョドである。
どのぐらいというのが、恐らくはリーンアイムが負ったダメージの回復について問うたものであることを、この場の全員が理解していた。
「――そうさな。さすがに永すぎて覚えてはおらぬわ。だが、ジョドよ。われらドラゴン族にとってその問いになんの意味がある」
ジョドもべリングエルもその返しには答えようがなかった。
キールもその問い返しに納得せざるを得ない気がした。
悠久の時を生きる原初の生物、存在、ドラゴン族。彼らにとって、時間というのは何を意味するのだろうか。事実、このリーンアイムはまだ「生きている」。
今繰り広げられている会話が、彼らにとってどれほどの議論を重ねた結果違えた道の果てにあるものかを、キールは到底推し量れない。
だが、それを推して、会話の内容を整理するとすれば、恐らくは、このリーンアイムは、「100日戦争」時に負ったダメージについては、時間を掛ければ回復可能なものだと主張したのではないだろうか。
それに対し、彼を除くドラゴン族は、回復不可能であると判断し、「エレメント・ボディ」の術式を以て自身の「存在」を維持することを選択した。
結果として、多くの仲間たちが術式を成功させることが出来ずに消滅、いや、死亡してしまったのだろう。そして、現在存在するドラゴン族は「12人」になっている、と、ジョドは前にミリアに話したことがある。
もちろん、キールもその話はすでに聞き及んでいる。
「大事なのは、我は我の言葉のとおり今もまだ実体を保ちこの場に『存在している』ということだ。ジョドよ、結局幽体化を成し得たのは何人だったのだ?」
と、リーンアイムの声色は相変わらず優しく思い遣る音で響く。
「12人じゃ――」
と、ジョドは、苦しげに答えた。
「――何という事だ。やはり、あの術式は『禁忌』だったのだ。……まあ、今さら言っても、取り返しのつかないことだからな。我はあの時、皆を説得するに足る確証を持っていなかったことは事実だ。あれほど深刻なダメージを負ったのだ。自然治癒が可能だなどと根拠のない理論よりも、種を存続させる決断を下したお前たちには、畏敬の念すら感じる――」
そうリーンアイムは告げた。
彼のその声には、明らかに寂寞の響きが込められていた。
「――だが、やはり、寂しいものだ。この世界に血を通わせて尚生きているドラゴン族は我一人と言う事なのだな」
「リーンアイムよ。我らの選択は間違ってはいなかったと、私は思っている。事実、術式の結果に恐れを抱き、術式発動せぬままダメージに蝕まれ、多くのドラゴンが死んでいったのだ」
と、なんとか抗弁をするべリングエルだった。
「――まあ、そうだろう。我も例外ではない。あのような深刻なダメージ、日に日に蝕まれてゆく身体、耐えがたい苦痛の日々――いつ終わるともわからぬそんな時が永遠に続くのかと絶望にさいなまれた時もあった。しかし――」
リーンアイムはそこまで言って、一旦言葉を止める。
そして、次の言葉には強く覚悟を貫いた意思が込められていた。が、やはり、その言葉に奢りはない。
「――我は我の理論を証明せねばならない。たった一人、ただそのことを為すことのみを考え耐え抜いたのだ。もし、多くのものが我の言葉に従っていたとしたら、恐らく我は今ここには居ないだろう。我が残らずとも誰かが残ってくれればと、そう思い、諦めていたに違いない。我はただ一人だったがゆえに、今ここにいるのかもしれぬ。つまり、結局はお前たちの選択の結果であることに変わりはないのだ」
ジョドもべリングエルも黙っている。
彼らの顔を見てもその感情を推し量ることは難しい。ただ、その両の瞳にはやりきれない複雑な感情がこもっているように、キールには見えた。
キールもまた、言葉がなく、状況を見守っている。
「リーンアイムさん、本当によく生きて抜いてくれました」
不意にそう言葉を発したものがいた。
ミリア・ハインツフェルトだ。
「初めまして、ミリア・ハインツフェルトと申します。私たちがこの世界で新たに生まれた種です。「100日戦争」のお話は、ジョドたちから聞かされています。かつての人類がどうしてそうなってしまったのか、私にはもちろん推し量ることはできません。ですが、彼らにももしかしたら何かしらの理由があったのかもしれないとも思えます。もちろん、結果はとても悲しいものとなってしまいました。私にはかつての人類を擁護することはできません。ただ、今を生きる種であるものの一人として、あなた方ドラゴン族の勇敢さ、苦渋の決断に対し、素直に感謝と尊敬の念を抱いています――」
その言葉に反応したリーンアイムはミリアに首を伸ばし、頭を寄せた。
「ミリア・ハインツフェルトよ。今度はお前たちの番かもしれぬのだぞ?」
と、リーンアイムがミリアに向けて言葉を投げる。彼がミリアに言葉を掛けたのはこの時が初めてだった。
「それでもその気持ちは変わらぬのか?」
「変わりません。ありがとう、そしてお疲れ様でした。リーンアイムさん、あなた方のおかげで私たちは今ここで生きているのです。この大地を守ってくれて、本当にありがとうございました」
ミリアはそう言って、眼前に迫るリーンアイムに対して恐れを抱くことなく、ただ深く腰を折り、最敬礼した。




