第457話 竜と人の約束
リーンアイムはしばし考えこんだ。
この小僧、なかなかに「交渉上手」だ。この世界にまた新たな種族が現れ、それらはある程度の知能を有するまでに成長しているということは判明した。
レント族といったか。ほかに、エルルート族というものもいるようだ。
見たところ、『この個体』はかなりの魔素を纏っている。おそらく相当の術者だろう。本人はある程度抑えて制御しているつもりだろうが、こと魔法において我らドラゴン族を凌駕できる種族など存在しない。我らを前に隠し通せるものではないのだ。
リーンアイムは、遺憾ながら、この『新種の個体』に興味を持ち始めている。
そもそもドラゴン族というのは好奇心が旺盛で、興味をそそられるものに執着する性質がある種族だ。そして、この我もまた、その性質を受け継いでいることを否定できない。
(起きてしまった以上、何ものにも関心を示さず生き続けるなどと言う、枯れた老体か世捨て人のような生き方は我にはできない。どうせ外に出るのであれば、ジョドとべリングエルに会ってから、どうするか決めても遅くはないだろう――)
そう結論を出したリーンアイムはこの小僧の提案に乗ってやることにした。
「――小僧。現時点で生き延びることが出来たことを誉めてやろう。我はお前の言葉に乗ってやることに決めた。しかし、今お前が提案したことが実現できなかったときは、『代償』として、お前の命を消し飛ばしてくれよう」
「キールだ、リーンアイム」
「なに?」
「僕の名前はキール、キール・ヴァイスだ。小僧でもいいけど、君の名を聞かされておいて、こちらが名前を名乗らないのは失礼な話だろう?」
「ふん、お前の名など――」
「いいや、大事なことだよ、リーンアイム。僕たちは今、『約束』を交わしているんだ。『約束』を交わすことが出来るのは対等な存在同士でなければならない。対等でないもの同士の取り決めは『約束』とは言わない。命令か任務、または強要だ。それであるなら僕は受け入れない。君と僕は、ことこの取り決めにおいては、対等なんだから」
「理屈っぽいやつだな。わかった、キール・ヴァイス。いいだろう。その『約束』よもや忘れるでないぞ?」
「もちろん。出来ない約束はしない主義でね」
リーンアイムは、仕方なく、今しばらくこの風穴で身を潜めておくことにした。
キールの話だと、ジョドとべリングエルに出会えるのは、5日後だという。
「もし5日経ってもお前が現れなければ、我はここを出てお前を探し出し、『代償』を払わせるから肝に銘じておくんだな」
と、念を押しておいた。
そして、「約束」を交わした証として、キールに『印』をつけてやった。
「これは――」
と、キールが自身の左手首に嵌められた腕輪に視線を落として言った。
「我の魔素の一部を封じた魔法石をはめ込んだものだ。それがあればお前がどこに居ようと探し当てることが出来るからな。小僧、逃げることはもう出来ぬぞ?」
と、脅しつけてやったが、その時あの小僧はこう返しよった。
「綺麗な意匠の腕輪だね! ありがとう! こんなの少し憧れていたんだよ。実は、僕の仲間、ああ、ジョドとべリングエルと一緒に行動しているって言ったその子なんだけど、その子も、ジョドからは腕輪、べリングエルからはネックレスを貰ったんだよね。ドラゴン族の人たちって、とても芸術センスが高いんだね。これもとても素晴らしいよ! うれしいなぁ!」
そう言いながら、満面の笑みを浮かべて手を大きく振ると、
――じゃあ、5日後に。
とそう言って行ってしまいよった。
(我ながら、まんまと一杯食わされた気がしないでもない。が、その場合は『代償』を頂きに行くまでだ)
もし、あの小僧、キールといったな、あやつが本当のことを言っていて、ジョドとべリングエルに出会えるのなら、探す手間が省けるというものだ。
『100日戦争』は悲惨な結末を迎えた。
仲間の多くは死に絶え、一部の魔術に抜きんでたものだけが、「エレメント・ボディ」を手に入れ、その存在を維持することが叶った。
だが、我はその術式に猛反対し、長い年月をかけ痛みと苦しみに耐えつづけ、自身の体力の回復と汚染の除去を成し遂げた。
結果、実体を失わないまま今もなお存在し続けている。
「エレメント・ボディ」の術式は、実体を消し去り『意識』を取り出すという超高度な術式だった。我はそれに不信感を覚えた。
その取り出された『意識』というものが元のものと同一であるという保証はどこにもないのだ。
つまり、実は全く違うものが新たに生み出されるにすぎないという可能性を否定しきれない――。
我は一人抗い、他の仲間たちがその術式に失敗し、消滅してゆくのを見ることが忍びなく、この風穴に身を潜めたのだ。
しかし、キールの話が真実だとすれば、炎竜ジョドと氷竜べリングエルは今も存在していることになる。
そうであるなら、確かめなければならない。
その二人は本物のジョドとべリングエルであるのかどうかということを。




