第455話 リーンアイムとキール②
リーンアイムは打ち震えた。
何という事だろうか。これまでに数十体を屠ってきたにもかかわらず、さらにまた殲滅を開始する前のような数に「増殖」したではないか。
なるほど、あの「門」に変化が見られたあとに新たな個体が出現したわけだが、あれがある限り、いくらでも湧いてくるというわけか。
まるで、無限に湧き出る泉のようなものではないか。
――これは、《《ありがたい》》。
供物が無くとも、この「門」《《さえあれば》》、いつでも好きな時にエネルギーを補給できると言うものだ。腹が減ったらこ奴らを喰らえばいいだけのことなのだ。
それにしてもこ奴らの非力な事よ。
尾の一振りであっという間に十体ほどが消し飛び、爪の一裂きで数体が粉みじんになる。竜の吐息など使うまでもない。
まとわりついて得物でつついてくるが、そんなものは、かすり傷程度のものだ。仮に寝ている間に総がかりされたところで、睡眠による回復で追いつく程度のものでしかないのだから、放っておいて寝ていても問題ないだろう。
――あの「門」だけは壊さないようにしなければ。
リーンアイムはそう考えていた。
――――――
キールは様子を窺う。
相変わらずドラゴンにゴブリンたちが群がっている。
いくらドラゴンと言えども、無限に湧いてくる魔族どもを永久に駆逐し続けることは難しいだろう。
この戦闘を終わらせるにはやはり「スポット」を破壊するしかない。
幸いドラゴンの攻撃によって個体数はまたもや減りつつある。さっきは残り数体というところで『揺り返し』が発動した。
おそらく次も同じことが起こるだろう。
――タイミングが全てだな……。
早すぎれば自分がまきこまれるか脱出不可能になる可能性があるし、また、遅すぎれば新たな個体でまた溢れかえってしまう。
キールはホールを見下ろしながら、「その時」をじっと待っていた。
そして数十秒後――。
ゴブリンの数が残り十体ほどになる。ミノタウラスはまだ変わらず前線に加わらず、後方で待機しているだけだ。
――次だ。次の一撃のあと、一気にスポットを割るのだ。それで、この戦闘は終わりを迎える。
すると、ドラゴンは右の腕をぐいと引き絞った。爪による斬撃の態勢だ。これで確実に数体が駆逐される。
――今だ!!
『岩石飛翔槍――!!』
『%、#$#’&、”&’#%$――――!?』
術式展開と同時にキールの頭に『思念波』が響いた。が、もちろんそのタイミングで声を掛けられてももう「遅い」。
「あ、もう、撃っちゃった――」
キールが生成した大型の石の投擲槍は凄まじい速度で「スポット」に見事に命中、結果、「スポット」は霧散した。
これでもう、『揺り返し』が起こることはない。
『なんと$%&$*なことを――! 我の、我の%&$%”が、すべて水の泡だ! 小僧! 余計なことを――!』
更に『思念波』がキールに届く。
一部まだよくわからない言葉が含まれているが、一度目よりは共通語が含まれていてなんとなく意味が理解できる。
一言返しただけなのに、これだけで言語を習得したのか、はたまたそもそも知っていたが忘れてしまっていたのかは定かではないが、その言葉の様子から、《《なぜか》》かなり怒っているように聞こえる。
「え? だって、いつまでも終わらないよ?」
『終わる? 終わらせる必要などどこにもないのだ! ああ、これで我の「寝ていながら無限エネルギー計画」が全て消え去ってしまった――。ああ――』
「あんなに群がられてたら、君だって、いくら何でもきついだろうに?」
『あほが! 我を誰と心得るか! 我は風竜リーンアイムであるぞ! こ奴らがいくら束で掛かろうとも我は意に介せず眠る事すらできるほどのものでしかないわ!』
「あ、そうなんだ――。ごめんよ。でも、こちらも「スポット」を放置しておくわけにいかないんだよね。村が一つ襲われて無くなってしまったんだ」
『そのようなこと、我には無関係だ! ああ、これから我はどうして寝ればよいというのだ――』
などと「会話」を交わしながらも、ドラゴン改め、リーンアイムがゴブリンをすべて殲滅し、残る個体はミノタウラスのみとなる。
ブモオオオオ――!!
と、怒りの咆哮をあげると、両腕に抱える巨大戦斧を振りかざし、ミノタウラスは一気に間合いを詰める。
そして、一閃――。
あの「牛頭男」とは何度かこれまでに対峙しているキールは、その攻撃の重さがどれほどのものかを知っている。
「あ、危ない――!!」
『危ない? だと? 何がだ』
ギィン!!
と、甲高い衝突音がホールに響き渡る。「牛頭男」の斬撃が見事にリーンアイムの脇腹に命中したのだ。
キールは思わず回復魔術式の準備を開始しかけた。が、リーンアイムの思念波がそれをも制した。
『小僧――。お前本当に良く分かっておらぬようだな。我ら竜族がこれしきのものに回復術式を使用するほどの傷など負わされることなどないのだ。余計な事をするでないわ!』
リーンアイムの脇腹には確かに大斧が突き刺さっている。が、血液のようなものはわずかに一筋流れたにすぎず、おそらくのところ「まったくと言っていいほどノーダメージ」だろうことが覗える。
その瞬間。
ばふっ!!
と、いう何かの破裂する音が響いたかと思った瞬間、先程までリーンアイムの前に立っていたはずの「牛頭男」の姿が掻き消えてしまった。
『――さて、小僧。わしの計画を邪魔してこのまま帰れると思ってはいないだろうな。見たところ、それ相応の魔素を纏っておるようだ。お前を喰らえば数日は持つだろう。その間に新たな塒を探さねばならん。せめて、我の糧となり、その罪を償うがよい』
リーンアイムがそう語りかけてくる。
ああ、これ、最悪の事態かもしれない――。
やはり、敵の敵は「もう一つの敵」だったか――。




