第448話 ミリアの幼いところ
「――そうか……。まあ、そう考えるのが妥当だよね。でも、痕跡が全く残っていないというのはさすがに不自然だと思うんだよ」
キールは、ミリアから今日の謁見の様子を聞いて、そう応じた。
自領内で見つからないのであれば、隣国にあると考えるのは、当然の思考だ。その点、大臣たちのいうことに誤りはない。だが――。
「一応考えられるのは2パターンだ。デリアルスに無くて隣国のどこかにある場合と、本当はデリアルスにあるけど発見できていない場合だ。この両方を考えて行動するべきだと思う」
「それは、私もわかっているわ。でも、メストリルを探索することは問題ないけど、デリアルスの方を調べるには許可が必要なのよ。私はメストリル王国所属の者だから――」
「――だよね。だからこうして忍んできたんだ。大丈夫。デリアルスの方は僕が調べる。ミリアは隣国の3か国に協力を取り付けに行って。メストリルの方は『氷結』さまと『翡翠』さんが受け持ってくれるって話だ」
キールはデリアルスの南の隣国リトアーレ王国の隠れ港に寄港した際、そのような内容の指示を受け取っていた。
ミリアがデリアルス王国側から問責される可能性を考慮して、キールには隠密行動をとるようにと厳命が下っている。
デリアルス領内を調べるとなると「表」の立場のミリアではデリアルス側の許可が必要になるが、「裏」の立場のキールなら見つからなければ問題ない、という魂胆だ。
まったく、魔術院やらエルルート族やらというのは、そう言ったことを平気で考え、実行する。
「ありがとう――。私じゃ、どうにも……」
「ミリア。ミリアはミリアの役割があるだろう? それは僕にはできないことだ。おなじさ。出来ないところは補い合って協力していく。大丈夫。僕たちのチームは完全無欠だ。必ず原因を解明できるよ」
「え、ええ、そうよね――。私、ちょっと感傷的になってたみたい。ありがとう、もう大丈夫。明日朝一でリトアーレ王国に飛ぶわ。リトアーレの国王シャキレルさまはとても優しい方だった。必ず協力を取りつけて見せるわ」
キールはミリアの眼差しに戻る熱を見て取った。いつもの彼女らしい自信に溢れる眼差しだ。もう大丈夫だろう。
と、そこまで話しておいて、まだ、互いに腰に手を回したままだったことに気が付く。
「わ、あ、ご、ごめんなさい、私ったら、つい――」
と、キールの胸を押して離れようとするミリアに対し、キールは逆に腕に少し力を込める。
「えっ? キール?」
「ミリア――、いい、かな?」
「え、ええ、構わないけど――」
という二人にしかわからない短い会話のあと、二つの唇が重なった。
――――――
翌日朝、ミリアは晴れやかな気分でいた。
目覚めは快適で、朝食もしっかり取ることができた。
昨晩キールはあのあと、再びテラスから闇の中へ消えていった。さすがに、朝まで一緒というわけにはいかない。ここは大使館なのだ。外部の者たちはいたるところからこの建物に出入りするものを監視しているだろうし、内部の者たちも侵入者に常に警戒している。
ミリアとキールは期日を決め、メストリル王国領の東端の村ジュリエで落ち合うことを約束した。
それまでに、ミリアは隣国の2つと、メストリルの北の隣国ヒストバーンの協力を取り付けに回らなければならない。
「さあ、行くわよ、ジョド! 今日はしっかり飛んでちょうだい!」
と、意気込んでジョドの背に跨り、声を掛ける。
ジョドはミリアを背に乗せると、ふわりとひと羽ばたき、デリアルスの上空へと舞い上がった。
『――たく、分かり易い女じゃな。ミリアよ、お前のそういうところはもう少し自重するか、成長した方がよいと思うぞ?』
「え? なに? なんのことよ――?」
と、ミリアがジョドの言葉に戸惑いを覚えて返答する。
『昨晩、小僧が来よったじゃろう? いいことがあった、と、お前の全身に書いてあるわ』
「ぜ、全身に!? 顔じゃなくて!?」
『もう、しんしんと伝わってきよるわ。まあ、よい。レントの一生は短い故な。早く事を為さねば、子孫も繁栄せぬ。生き物として同然の道理――じゃ』
「――しそん、はんえい? ――! やだ、ジョド、私たちはまだそんな――」
『まだ、じゃから言うとる。気が付いた時にはもう子がなせないなどということにならぬようにな? これは、経験者からの忠告じゃ――よく肝に銘じておくのじゃな?』
「――ジョド、あなた――」
『もうこの話はここまでじゃ。今日中に南のリトアーレ王都に行くつもりなのじゃろう? さすがに急がねば、間に合わん――』
「そう、よね。ジョド、ごめんね、少し無理をさせるわ」
『なんの、飛ぶことは好きじゃからな。構わぬさ。それよりお前の方は、眠くなったら寝るといい。少しでも体調を整えて交渉に臨むべきじゃろう』
「ありがとう、ジョド。あなたって、本当に優しいのね」
『ふん、小娘が気の利くことを言いよるわ――』
そうして二人は大空を滑るように南へと飛翔していった。




