第445話 慰労会
ハーマン・ラオ・ギャラガーとはいったい何者なのか?
簡単に補足するとしよう。
ギャラガー商会の会頭。年齢は不詳だ。現在は、近隣港町との間で海運業を営みつつ、内陸部への販路も広げているらしい。主要な取引先は、このキュエリーゼ王室と、隣国のヘラルドカッツ王室だ。種族はレントである。それは、長く彼女と付き合いのあるウィリアムが保証しているから間違いないという。ウィリアム、つまり、ワイアットとはそれこそ若い時からの腐れ縁らしい。
「ハーマンも、昔はもっとこう、なんだ、『若かった』よな?」
「閣下、私も女ですよ。さすがに容姿のことを言われるのは聞き流せません。昔は、ではなく、今も、です。お間違え無いようお気をつけなされませ」
などと、失言を訂正されるというほどの間柄だ。
「ハーマンは、このローベの港町の港湾評議会の委員長でもある。港の拡張を含む、港の改修工事にはかならず港湾評議会の許可が必要になるからな。そういうところでも力になってくれるだろう」
「――そうなんだ。それはとても心強いな」
「――ただ、私も商いを営む商人です。利益の無いものに投資は致しません。キール様、その点、ご留意くださいますよう」
と、ハーマンが念を押してくる。
「ははは、怖いな。わかってる。僕もその商人の端くれだ。互いに利益が積めるよう継続した努力は惜しまないよ?」
と、応じておいた。
早速、翌日からキールとハーマンの打ち合わせが始まった。
ワイアットも興味があるのか暇なのか、その会合に参加している。
キールにしてみれば、鬱陶しくもあるのだが、そもそもワイアットの紹介だから、席をはずせとも言いにくい。
結局、この数日の間の会合全てに顔を出したワイアットは、会合の一端の終結の日に二人を食事に招いて労をねぎらってくれた。
なんだかんだ、ワイアットは友達が少ないのかもしれない、と、キールは思うようになっている。
それは、ワイアットと一緒に街を歩いていても、誰かに呼び止められたり、声を掛けられたりすることがそれほど多くないことからも明らかだろう。
街中にいるときは、神父服を身につけているにもかかわらず、人から声を掛けられないというのは、つまり、近寄りがたいということだ。
「たしかに、人相がなぁ――。何と言うか、胡散臭いんだよな――」
「ん? だれが、胡散臭いだって?」
「ワイアット、おまえだよ?」
「おれが? こんなにチャーミングな顔を指してそれはないだろう?」
「閣……、いえ、ワイアットさまが胡散臭いのは事実です。街の者たちは、あの生臭坊主は普段から何を考えているかわからない、と、噂しておりますから――」
「そうなのか!?」
「はい、確かです。それに――」
「それに?」
「この状況、さすがに『胡散臭い』という他ないでしょう――。どうしてこの店だったんですか……。私の店でもよかったでしょう」
確かに、言う通りだ。
この店は、前にワイアットとキールが初めて出会った港の食堂だった。
普段は、港の作業員や、街の行商人などが出入りする店なのだが、今日のこの時間は誰もいない。
そしてその原因は、この3人にあった。
『胡散臭い神父』、『正体不明の魔術師』、『隙のない身なりの高級女商人』――。
さすがに、取り合わせがおかしい。
入ってきたときはいくらかいた客たちが、3人が食事を始めたあたりから、いつの間にか消えて行き、気が付いたら3人だけになっていたというわけだ。
「会頭! 「この店」とは、聞き捨てならねえぜ? 客が出て行っちまったのは間違いなくあんたらのせいだ。この借りは返してもらうからな!?」
と、奥のカウンター方向から「この店」の主人が叫んでくる。
「ジンバ、そういう意味じゃないわよ。この取り合わせがおかしな取り合わせだというぐらい、私にもわかってるわ。だから、ここじゃない方がよかったんじゃないかって、そういう話よ」
「何でも構わねえが、しっかり、元は取らせてもらうぜ? いいんだろ? 神父さんよ!」
「ああ、構わないよ。俺はここの飯が食いたくてここに来ただけだ。それに、二人にもここの飯を食わせてやりたくて連れてきた。ただそれだけだからな――。取り合わせなんて、気にしてねぇよ」
「――ほれ、パトロンがこう言ってんだ。会頭は遠慮せず、民間の味をとくと味わっていくがいいぜ? 口に合うかどうかは、俺には関係ねぇよ!」
「ジンバ! あなたの料理に私は何も言ってないでしょ! そういう言い方するから、あなたは――」
「――ああ~、小言なら結構。かみさん以外の女から言われるのは勘弁だぜ? それとも、会頭、俺の妾にでもなるか? だったら、布団の中で聞いてやるが?」
「ジンバ!! 人の前でそんなこと言って! ぶっ殺すわよ!」
「おーおー、こわいこわい。ギャラガー商会の会頭に目を付けられたら、いつまで首が繋がってるかわかんねえからな。今晩は久しぶりにかみさんを抱いて、冥土に行く前に済ませとかねぇとな? ははは」
そんな会話が飛び交っている。
そりゃ、客が退いても仕方ないだろう。




