第444話 ハーマン・ラオ・ギャラガー
「――なるほど、海の警察ってわけだ……。あいかわらず、おかしなことを考えるやつだな。いいだろう、お前たちの主要補給港として、ローベの開拓を認めることにする」
ワイアットがそう口にした。
「い、いいのか? そんなに簡単に?」
「おいおい、お前の目的はそれだろう? 目的を達成するために、必要な相手と交渉するってのはどこの世界でも同じだぜ? そして、おれは、ここの「権利者代理」だ。と、いうわけで、交渉だ――」
キールはやや構えつつも聞き返すことにする。
「あ、ああ、条件は何だよ?」
「俺もその船に乗せてくれ」
「――え? 『船』って……」
「文字通り、お前がこれから作るつもりのでっかい国のことだよ。まあ、すぐに、というわけにはいかないがな? こっちもこっちでやらないといけないことは多い。ゆくゆくはアーノルドに国王を移譲して、俺は退くつもりだ。だから、その後は「無職」になるんだよ。就職先が決まってると安心だろ?」
「――ったく、どこまでも、自分勝手なヤツだな。――いいよ、「無職《その時》」になって、まだウチに「就職し」たいという気が変わってなかったら、来るといいさ。別に拒む理由なんてないしな。そもそも、うちの連中たちも自分たちで勝手に集まったものばかりだし、僕が何か許可したわけでもない」
まあ、一部強制的に巻き込んだやつがいないわけでもないが、基本的には、向こうからキールのもとに押しかけてきてる方が多い気がする。
「――そうか。これで、『老後』の趣味も確保できたってわけだ。なかなかに人生設計が上手いだろ?」
「設計なんて――」
「あてにならない。だろ? そうだな。俺たちはいつ死ぬのか見当もつかないからな。健康なら長生きするって保証があるわけでもない。かと思えば、うちの親父なんかは病床に就いてからもなんだかんだと結構長生きしてやがる」
そう言いながら、ワイアットは頭を掻く。
「ああ、そう言えば、国王は病に臥せっていると言っていたな」
「もう、6年だ――。今じゃ、寝床から起き上がることもできない。だけど、意識ははっきりしてるし、言葉も交わす。ただ、起き上がれないだけなんだそうだ。――ああ、病状はオズワルド神父に診てもらってるんだ。あの人は俺の命の恩人でもあるしな。そもそも、親父との縁は古い――。それに、前世は「医者」だったらしいぜ?」
なるほど、どうしてワイアットが怪我をした時にオズワルド神父が呼ばれたのかが、これではっきりした。国王はオズワルド神父がそういったことに詳しいことを知っていたんだろう。
クルシュ暦372年1月2日――。
ワイアットに呼び出されたキールは、先日会談を行った豪奢な商館へ来ていた。
そして、この間と同じ個室で今話をしているというわけだ。
「ああ、そうだ。この街を開拓するっていうのなら、ここの主人を紹介しておこう。ここは、そもそも国王御用達の商館で、ローベの商業ギルドとの関わりも深い。何かと相談するといい――どうだ?」
「ああ、それは助かる――。ゆくゆくは資材調達などいろいろと物要りになると思うからね」
その返答を聞いて、ワイアットが給仕係に合図を送った。
「ハーマンを呼んできてくれないか? いい金蔓を紹介する、とな」
給仕が一礼し、部屋を出てゆく。
そしてしばらくたった後、一人の女性が現れた。
女性の身なりはそれほど煌びやかなものではない。ただ、商業用にコーディネイトされた佇まいで、隙がない。髪はしっかりとまとめ上げられており、ここにもいわゆる「緩み」が見えなかった。
年齢の頃は、30代後半ぐらいだろうか、『疾風』よりは少し上に見える。が、こちらも負けず劣らず強烈な美人である。
「閣下、お呼びと伺い参りました――」
声は麗らかに響く。見た目の印象と少し違った「柔らかさ」がその声には含まれている。
「ハーマン、忙しいところをすまない。実はこの男を紹介したいと思ってな?」
「キール・ヴァイスです。よろしくお願いします」
「ハーマン・ラオ・ギャラガーと申します。この商館の主を務めております――。キール・ヴァイス様――。『稀代』さまでいらっしゃいますね? ふうん、なるほど、聞くと見るとでは……」
と、ハーマンが言葉をそこで止める。
「な? 違うだろ? こいつの場合、イメージが先走りしてやがるからな。実際はかわいらしい男の子だぜ?」
と、ワイアット、いや、ウィリアム王子が後を受けた。
「――はあ、またですか。前にも同じようなことを言われた覚えがありますよ。いったいどういう噂になっているんだか……」
キールはさすがにうんざりした様子を隠せない。それに、誰が「男の子」だ。僕はもう、24になったんだぞ?(この世界では毎年1月1日に年齢を一つ足す慣例となっている)
「いえ、ただすこし意外だったもので――。失礼いたしました。それで、閣下、ご用件というのは?」
「ああ、実は、このキールが、今後、ローベの港を主要寄港地にしたいと目論んでいる。こいつは海に国をつくりたいと、本気で考えている大馬鹿者だ。どうだ? 俺もこういうやつが好きだが、お前もそうだろう?」
「海に国を、ですか――。確かに。これからの時代は海運業も盛んになるでしょうし、また、エルレアとの交易が盛んになる可能性もあります。海に目を向けるのは、大馬鹿者というよりは、したたか者というところでしょうか――」
と、ハーマン女史は真剣に受け止めを返している。
「――したたか者、か。全くだ。それで、そのしたたか者の世話をお前に頼みたい。こいつの寄港地建設の一切をお前が仕切ってくれないか? いいだろ、キール?」
「え、ああ、そりゃあ、僕たちはその技術も知識もそれほど持っていない。海運や船舶に詳しい商館がバックアップしてくれるのは願ってもないことだよ」
と、キールも了承する。
ハーマン女史はすこし、考えるふうを見せたが、決断は早かった。
「――分かりました。お受けいたします」




