第441話 オズワルドの「ギフト」
「クリスティンさんですね――」
キールはその石像の居住まいからそう察した。
「ええ、彼女は勇猛な戦士でしたが、花が好きな女性でもありました。私は彼女を生涯忘れず、自分の生を全うすると誓い、ここにこの教会を建て、土地神として彼女を祀ることにしたのです」
キールはその言葉から、彼の彼女への愛情の深さを思い知る。
もし自分ならどうするだろう。
おそらくだが、オズワルド神父と同じ選択をするに違いない。
愛する人を失うのはとても辛いことだ。生きてゆく気力を失い、自暴自棄になり、この先どうやって生きて行けばと思い悩むことだろう。
死んでしまいたい、とそう願うのも自然な感情だと思える。
しかし、新たな生を受けて生きると言われれば、それが自分ではないとしても、やはり、その人を愛したという『記録』が抹消されるというのはどうにも受け入れられることではない。
どうせ死ぬのなら、その人への想いを抱きながら死を迎えたいものだ。
「オズワルド様、それで今はご自身の人生が幸せなものだったと、そう思うようになったということなのですね?」
と、キールは、先程オズワルド神父が申し出た、ボウンへの言伝のことを繰り返し問うた。
「ええ――。今となっては、たしかに彼女はこの世には存在しない。ですが、この街の多くの人々が、彼女を愛し、祈りを捧げてくれています――」
キール殿もご存じのとおり、『土地神』には御利益などはありません。ただ、心の拠り所として祈りをささげる対象でしかないのです。
事実、この世界に対して神は何も介入しないことを、『神候補』はよく知っていますからな。
ただ、それでも人々は祈りを捧げ、心の安寧と日々の生活の安全を願う。
私には、彼女が何もしていないなんて、到底思えないのですよ。
彼女は死してもなお、人々のここに確かに存在し、人々に安寧と安心を振りまいてくれていると、そう信じて疑わないのです――。
と、オズワルド神父は自身の胸にそっと手を当てた。
「――彼女がたくさんの人に愛されて、それで幸せなんですね」
「そうですな。彼女は多くの人の心の中に間違いなく生きている。そう思えるようになりましたからな――。ああ、この話、ワイアットにだけは話してあります。アイツはそれを聞いて、なら俺も彼女に祈りをささげることにするよ、とここの神官になったのですよ」
そうだ、ワイアットの『記憶開放』はどうやったんだ?
オズワルド神父はすでに『魔法を使うことができない』はずだ。だが、ボウンさんは彼が『魂魄記憶再生』を施したとそう言っていた。
「えっと、そのう、今までのお話を聞いて一つ疑問が沸いたのですが、そのワイアットの『魂魄記憶再生』はどうやって――?」
キールの問いに、オズワルド神父は椅子から立ち上がると、クリスティンの像を台座から手に取り、大切そうに抱えながら、再び椅子に腰かけた。
キールの方にその石像を押しやって、どうぞ診てみてください、とそう申し出る。
キールは「魔法感知」を発動して注意深くその石像を観察する。すると、内部から滲み出るような魔素の痕跡を確認できた。
「これは――この像の中に何か――?」
オズワルドは、そっと石像を手に取ると、石像の背中をぐいと押す。すると、小さな窓が開き、そこから一つの宝石を取り出した。
その宝石からは先程より強い魔素が感じられる。
「これは文字通り、私の研究の成果の「結晶」でしてな――」
と、その宝石を取り上げると、オズワルド神父がそう言う。
「ただ、もうこれは使えません。残稍が残っとりますが、すでに使用後のものですからな」
と、続けた。
「研究の『結晶』?」
「キール殿、私は魔族に対抗するために修練を積んだ結果、錬成を問題としない術式発動術を編み出したのですよ」
「錬成を問題としない――?」
「ええ、私の錬成は「2」なのです。いや、でした、というのが今は正しいのでしょうが、錬成「3」魔術師が主流だった私の時代では、錬成「2」魔術師は下位の魔術師とされていました」
「――でも、あなたは神候補だったんですよね? どうして――」
「そうですね。『どうして』劣等生である錬成「2」魔術師が神候補に選ばれたのか。それは私も同じ質問をボウンさんにしました。ボウンさんはこう答えました。――お前は面白いからな。錬成を超える術式を生み出す可能性がある――」
『お前の「ギフト」は、「付与」じゃからのぅ――』
ギフト「付与」――。
「『付与』――? それは、状態付与系魔法とは違うものなのですか?」
「そうですね。よく似ています。ただ、私の場合、一定の条件を揃えれば、物質そのものの性質に加えて、魔法の性質を与えることができたのです。そしてそれは、原則、永久に持続します」
「永久に持続する――?」
確かに、「違う」。
エンチャント系魔術式の場合、効果持続は一時的なもので、そう長くは持たない。
エンチャント系魔術式と言えば、『疾風』が得意とする魔術式だが、彼女でも、恐らく十数秒が限度だろう。
この話はもう少し詳しく聞かなければならないと、キールは身を乗り出した。




