第437話 バレリア遺跡のPC
アステリッドはそのPCの画面に現れた『壁紙』を食い入るようにのぞき込む。
超高層ビルが立ち並ぶ夜の大都市の風景。
窓々には明かりが灯り、地上にはビルの合間を縫うように高架道路が走っている。
その高架道路にも地上の道の上にもびっしりとライトをつけた「自動車」が列をなしており、光のイルミネーションを形成していた。
「――やっぱり、違うか……?」
アステリッドはその風景を一瞬、藤崎あすかが前世で見た『ニューヨーク』という街かと思ったのだが、どうやらそれそのものではないようだと結論付けた。
「どうしたのリディ? この風景はいったい――?」
と、エリザベスもわきから覗き見てその情景の不思議さに言葉を詰まらせる。
「ねえ、リディ姐、これってもしかして、家なの?」
と、ハルがその高層ビルの一つを指さして言った。
「――これは、『ビル』って言って、この小さい窓一つ一つに部屋があるんだよ。一つのビルは地上何十階とかって建物もあって、この一本一本でそれこそ数百数千の人間が働いているんだよ」
と、アステリッドは答える。
「この中で人が働いているの? 畑とかもこの中にあるってこと?」
と、ハルがさらに追及してくる。
「う~ん、なんて言えばいいのかな。畑とかはまた別の場所にあると言った方がいいのかな。この中の人たちは――あ、そうだ! この間、クリストファーさんが作った音声通信機ってあるでしょ? アレを使って世界中の人とお話をして、どこに何をいくつ送るかとか、何をいくついくらで取引するかとか、そういうお話をまとめていると言えばいいのかな?」
「なるほど――、いわゆる『内政ギルド』みたいなものがここにいっぱいあるってことね?」
と、エリザベスがなんとなく理解してくれる。
「さすが教授、そうです、そういうものです!」
と、アステリッドもなんとか伝わったみたいでほっとする。
「――実は、前世の記憶の中にある情景と本当によく似ていたんで、一瞬驚きました。けど、どうやら別の場所のようです。でも、これが『ビル』で、私の前世の世界と同じようなものだというのは分かります。間違いなくこれは、どこかの都市の夜景です――」
アステリッドはそれについては確信している。もちろん、この風景に映っている『ビル』のなかに何があるのかはわからない。アステリッドの前世、「藤崎あすか」が生きていた「地球」であれば、さっきハルに説明したようなもので合っているはずだが、これが別の世界の都市だとすれば、もちろん推測のしようがない。
「――あ、これって、もしかして、ここと同じ構造になってるってこと?」
と、エリザベスが「そこ」にようやく気が付いた。
「はい。このバレリア遺跡の外観はおそらくこんな感じになっていると思います」
と、アステリッドが応じた。
「じゃ、じゃあさ! このバレリアの周りにもこんなのが何本も埋まってるなんてことも……」
と、ハルがその可能性に気が付いた。
「うん。その可能性が無いとは言えないよね? でも、問題は、このバレリア遺跡がどのぐらいの高さだったかってことだとおもうよ?」
「あ、そうか――。バレリアが高い『ビル』だったら、すぐ隣の『ビル』が低かった場合、もっと地中深くにあることになるもんね?」
「つまり、このバレリアの最下層まで辿り着けば、もしかしたら何か判るかもしれないってことになるわね?」
「そうですね――」
と、アステリッドは応じておいて、キーボード脇に置いてあるマウスを操作する。
マウスも付いているあたり、完全にPCであると思っていいはずだから、操作方法もほとんど同じだろうと予測していたが、やはり思った通りだった。
「見てください。『カーソル』、あ、小さい矢印が画面の中を動いてるが分かりますか?」
「ああ、これ? この白いやつだよね?」
とハルが指さす。
「うん。これをこうして、こういうやつの上にもっていって、この右手のボタンを――」
と、言いながら、アステリッドはマウスをダブルクリックする。
すると、思った通り、新しい『窓』が開いた。
「え? 何? 何をしたの?」
と、エリザベスがその画面の変化を見て驚きの声を上げた。
「なんか、出てきたよ?」
と、ハルも興味津々だ。
「――はあ、でも、ちょっと何が何なのかまではやっぱりよくわかりませんね? 操作の方法は割と私の知っているものによく似ているのでこれでいいと思いますけど、この内容については全く見当がつきません。そもそも、この文字、読めないですし――」
と、言ってアステリッドは苦笑いをする。
「大丈夫よ! そこまでわかってれば、あとは大したことじゃないわ! 要は、解読していけばいいだけのことよ!」
と、エリザベスは表情を輝かせた。その瞳には好奇の色がありありと浮かんでいる。
「ははは、大したことないって――。なんだか、感覚が違うからついていけませんが……。まあ、教授がそうおっしゃるのでしたら、そうなんでしょうね」
と、アステリッドがやや引き気味に返した。
「え? なに? どういうこと?」
と、ハルだけが少し置いてけぼりになっているのを面白く思ってないようだった。




