第433話 ヘラルドカッツェの慶びごと
クルシュ暦372年年明け――。
カインズベルクでは恒例のパレードが行われていた。
カーゼル王と王妃が街中を馬車で練り歩くのだが、今年はいつも以上に大盛況となっている。
「まったく、お父様ったら、何人子を為せば済むのでしょう?」
フランソワは少々呆れた調子でそう言った。
実は先月初めごろに王妃の懐妊が判明したのだ。それで、今年の祝賀パレードはそのお祝いの意味もあって、国中世界中から人が集まっているというわけだ。
「まあ、ご成婚から数年、ようやく恵まれたお子なんだ、祝福して差しあげないとね」
と、クリストファーが応じた。
現王妃は、数年前に前王妃がお亡くなりになられた後、迎えた後妻である。御成婚後、いままでなかなか子に恵まれなかったが、ようやくのご懐妊となったわけだ。
ある意味年齢的にも、少しずつ難しくなるころに差し掛かりつつあったので、この度のご懐妊に際しては、両陛下とも涙して喜んだと伝わる。
対してカーゼル王のほうはすでに60を過ぎ、半ばに差し掛かろうというところだ。
こちらにしてもおそらくはこれが最後のお子になる可能性が高いだろう。
今や、ヘラルドカッツ国王カーゼル・フォン・ヘラルドカッツェは全世界の人民の注目の人となっている。
彼の功績の第一は、なんと言っても、『自由経済主義』の浸透であろう。
この思想の浸透により、各地の人民は『自由出国権』を得、「領民」という縛りから解放された。
たしかに、国家の庇護を受けることは少なくなったが、その分自由な裁量権を与えられ、人民たちは自身の人生を広い選択肢の中で過ごすことができるようになったといえる。
実は、この「人民の解放」にあたって、このカーゼル王が仕掛けていた事業がもう一つある。
それは、『内政ギルド制度』だ。
解放された人民たちは、この先国家から「命令・任務・役目」を受けることが無くなり、自由に行動してよくなった半面、住んでいる領地の領主に対して納税義務が課されるわけだが、それをどうにかして稼がなければならない。
稼ぐためには「仕事」が必要だ。
古くからあった「冒険者ギルド」は別格であるが、それ以外の商業・工業に関する仕事はすべて国家・領主主導でやってきていたところから、一気に方針転換しなければならない。
その際、人民たちが行き場を失わないように一定の「道標」が必要になると考えたカーゼル王は、「商人ギルド」「職人ギルド」「産業ギルド」の3大内政ギルドの柱を作成した。
これにより、人民たちは解放後も自身の能力や経験を生かせる仕事に就くことができ、混乱なく自由経済主義社会へと移行できたと言われている。
「――その3大ギルドも今では枝葉が広がり、各種専門職ギルドが多数創設されている。つまり、各種ギルドのお偉いさん方なども大勢ここカインズベルクに集まってきているってわけだ。おそらく、この後、王城で開かれる恒例の年始祝賀会にも多くの参加者が集うだろうね」
と、クリストファーが続ける。
「はああ~、年始祝賀会、私、ご辞退できないかしら? ホントにたくさんの方が毎年来られて、私、あの会苦手ですの」
「フランソワは下野したといっても皇女だからね。それこそ妊娠して動けませんってならない限り出席しなきゃダメだろうね。僕も出席するんだから、構わないだろ?」
「妊娠――」
「え?」
「ねぇ教授、私いいことを思いつきましたわ。毎年この時期に妊娠していれば、ご辞退できるかもしれないということですよね?」
「えっ? ええぇ~っ!? フランソワ、妊娠って、わかって言ってるの!?」
「もちろんですわ、教授。そうゆうことですので、しばらくは、自重することにいたしましょう。早すぎて年内に生まれでもしたら、意味がありませんもの――」
「う、生まれるって、まだ、出来てもいないのに?」
「教授、こういうことは計画が大切ですのよ。そうお義母様も仰られていましたわ。どうも今回の御懐妊にあたってはいろいろと工夫を為されたそうですから――。私、いろいろと聞いてくることにいたしますわ」
フランソワの目が闘志に燃えているのが、ありありと伝わってくる。
クリストファーは、彼女のこの「思い込んだら脇目も振らず突進してゆく行動力」を高く評価し、とても好きな一面でもあるのだが、それをそれに向けられるのは少し引いてしまうところがある。
せめて実行に移す前に、違う分野にその行動力の矛先が向かないかなぁと願うばかりであった。




