第432話 魔術師と神の会談③
「んじゃ、三つ目――」
キールは右手の指を3本立てて、前へ突き出しながら言う。
三つ目――。
これは、つい先日のことだ。
ワイアットの『前世の記憶』についてである。
ボウンさんはワイアット、いや、ウィリアム王子と面識があるはずなのだ。まあ、ウィリアムの方は覚えていない場合もあるだろうけど、ボウンさんが忘れることはほぼ無いと思う。
その上で、だ。ボウンさんはウィリアムに『魂魄記憶再生術式』を施したのか? というのが三つ目の質問だ。
アステリッドも、デリウスも、そしてキール自身もこの『魂魄記憶再生』を施術することで、『前世の記憶』を解放することができた。それまでは、「夢」として時折現れていたにすぎず、それ以上には何の意味も持たなかったのだが、施術後は、記憶の中に、たとえば、『原田桐雄の一生』という題名の『図鑑』を隅から隅まで読み、記憶しているかのように頭の中に整理されている。もちろん、『ヒルバリオの一生』もだ。
ウィリアム王子は自分の前世についてかなり鮮明に記憶している様子だった。とすれば、やはり誰かが『魂魄記憶再生』を施したと考えるのが妥当だろう。
ボウンの回答は――。
「ウィリアム・フォン・キュエリーズについては知っておる――」
「じゃあ、やっぱりボウンさんが――」
「――が、魂魄記憶再生は施してはおらん」
「え――? じゃ、じゃあ、何か自然に思い出したってこと? そんなこともあるの?」
「いいや、魂魄記憶が自然発生的に蘇ることはありえん。つまりは――」
「――誰かが彼に術式を施した……」
そうじゃな、そういうことでよいじゃろう、とボウンさんも肯定する。そうすると、また新たな疑問が当然浮かび上がる。
――いったい誰が魂魄記憶再生を施したというのか?
キールの知る限り、現在『魂魄記憶再生』を術式展開できるものは二人だけのはずだ。
一人はこの「神ボウン」であり、もう一人はキール自身である。
ところがこの二人はウィリアムに術を施してはいない。
「じゃあ、一体誰が――? ――ん? いや、もう一人……いる、のか? え、でもその人って確か……」
「どうやら思い出したようじゃな。そうじゃ、もう一人いる、いや、いたと言った方がよいのかもしれんな」
「いた? いたってことは今はいないってこと?」
「いや、まだ生きとる。ただ、魔術師では無くなった、のじゃよ。いや、それも違うか。あれは今も魔術師のままじゃ。ただ、『皆』が忘れとるだけじゃからの」
いよいよ話がややこしくなってきた。
少し整理する。
まず、ウィリアム王子に『魂魄記憶再生』を施したものがいて、その人は今は『忘れられた魔術師』であり、今もなお健在でどこかで生きている、ということか。
そしてその人はいったい「何者」か?
それについては既に答えが出ている。
この、『魂魄記憶再生』術式を扱えるのは、限られた者だけだ。
それは、『記憶再生』、『記憶追加』、『記憶消去』、そして『魂魄記憶再生』の4つの術式は、代々「神候補」に選定された者のみが扱える術式であるからだ。
神候補にはこの術式に一定の進化を付与し、次の神候補へ受け継ぐという「使命」がある。
そうして、今は、ボウンからキールへと受け継がれているわけだが、実はもう一人、キールの前に「神候補」になったものがいたことを聞かされていたことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「つまり、ワイアットはその神候補と出会っている――ということか」
「その通りじゃ」
「ん? いや、そんな、マジか――!?」
「おお、なかなか勘がいいのぅ? 誰だか気が付いたか?」
「でも、全く魔素の痕跡なんかなかったぞ? あの人からは「一切」、魔素の痕跡を感じなかった――。あ! そうか! そういう事か!」
「ふむふむ、お前も少しは賢くなってきたのぅ。少しは期待ができるというものじゃ――」
キールは気が付いてしまった。
「魔素」というのはすべてのものに宿るもので、そもそも魔術師の素養とは無関係だ。生きとし生けるものすべての世界に存在する物質には多少の違いはあれど、全て「魔素」を包含している。
魔術師はその「魔素」を具現化することができる素養をもつ者たちのことを指し、決して「魔素」を一定レベル以上包含していなければならないというものではない。
つまり、この世に「魔素を持たないもの」というのは存在しないのだ。
なのにあの人、ワイアットの教会の老神父からは「魔素」の気配を全く感じなかったのだ。
「そうか、あの神父さんが……。あ、もしかして、ワイアットが17歳の時に治療にあたったのがあの神父さんだった? とすれば、ワイアットの言っていたことと辻褄があってくる可能性が――」
「ここまでわかればいいじゃろう。あとは直接あやつと話すのじゃな。神候補を降りたあやつには、あやつなりの事情があったのじゃろう。わしは、辞めるというのなら止めはせぬからの――。お前もそうじゃぞ、キール。辞めたくなったらいつでも辞めて構わんのじゃからな?」
「ああ、わかってるよ、ボウンさん。でも、僕がここに来なくなったら、ボウンさん、寂しいだろ?」
「けっ! なにを言うかと思えば――。まあ……、たまに話し相手がいるというのはわるくはない……がな」
そう言って珍しく神ボウンが薄く微笑んだ。




