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お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。  作者: 永礼 経


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第43話 晩春の夜空はきれいに澄み渡っていて

 キールはいつものようにネール横丁のうどん屋さんで夕飯を食べていた。やはりこの出汁の風味は落ち着く。ふんわりと香るカツヲの風味と、具として入っている昆布の香りがなんとも言えない調和を感じさせる。

 そして、今日のご飯は炊き込みご飯だ。キノコや野菜、細かく切った鶏肉などがこれも出汁でふんわり柔らかく炊かれている。


 このお店は本当によく来る。

 なぜだか「なつかしい」と感じるのだ。


 というような話をするんじゃなかった……。思わずこぼした「うどん屋さん」の話題にがっつりと食いついた女学生アステリッドが今、目の前でうどんをすすり、炊き込みご飯を口に放り込んでいる。


「あ、ほんとうだ。この味、なつかしいかも?」

アステリッドは歓声をあげた。


「いや、君さあ。おうち帰らなくてもいいの? お母さん、ご飯作って待ってるよ?」

キールが心配そうに70パー、うっとうしさ30パーでアリステッドに言う。


「今の、心配の中に、こいつなんでここにいるんだって鬱陶うっとうしい気持ちも入ってましたね」


「そ、そんなことはないだろう――」


「大丈夫です、わたし、一人暮らしなので」


 どこかで聞いたようなフレーズだな、イメージ的には《《めっちゃ》》美人の女医で天才外科医の決め台詞(お決まりワード)のような――、などという事が頭をよぎるが、今はそのことよりも……。


「へ? 一人暮らしなの?」


「はひ。魔術院の生徒にとっては別に珍しくもなんともないですよ。私の故郷はケルヒ領ですから、実家からはさすがにここには通えませんし」

炊き込みご飯を口に頬張りながらアステリッドが答える。


「ケルヒ領――」


「そうです、今の領主はウィーガン・メストレー様ですね。なんでも20年ほど前にあたらしく任じられた方で、とてもお優しい方です。留学生の奨励をしておられ、留学生には奨学金を付与してくれるんですよ。わたしも頂いています」


「メストレー家――」

キールは記憶のどこかでこれを聞いている。すこし探してみる(思い出してみる)と、あった、ヒルバリオの故郷だと思い出した。


「何か気になる事でも?」

アステリッドがキールの様子を訝しんで聞いてくる。


「あ、いや、そこにはまだ前領主の屋敷は残っているのかい?」

「え? ええ。現領主様は別の屋敷を建築されてそちらにお住まいですから、前領主、たしかヴァンガード家の屋敷は崩れたまま放置されていますね」


「なるほど――」


 そんなキールの様子をアステリッドは不思議に思っていたが、うどんと炊き込みご飯の前では急速にそれに対する興味が薄れてゆくのを感じた。



――――――――



「じゃあ、気を付けて帰るんだよ。またね、アステリッド」

キールは店を出ると帰路につこうとそう言って歩み始めた。


「え? ええ――?」

背中から感嘆の声が聞こえる。


 仕方なくキールは立ち止まり振り向くと言った。

「なんだよ?」


「こんなに遅くなってるんですよ? こんな時間までつき合わせておいて、ここでサヨナラって、紳士としていかがなものかと?」

アステリッドがキールをじっとりと睨む。


 最近この子、ちょっと積極的になってきてないか? いわゆる慣れというものなのだろう。初めのころはあんな俯き加減で気の弱そうな感じだったはずだが、あいかわらず女性の心というのは複雑怪奇で、キールには理解不能だ。


「あーもう、わかったよ。僕だって早く帰って風呂に浸かりたいんだ。仕事上がりだから、汗でべたべたなんだよ」


「えー、きたない」


「汚くなんかない! 仕事すれば汗をかくのは当たり前だ。君も運動すれば汗をかくだろう?」


「かきません」


(そんなわけないだろう、汗かかなきゃにんげんじゃねーだろ?)


 キールとアステリッドは二人で連れ立って歩き始める。

 春も深まり、夏までもう少しという時期であってもやはり夜になればやや冷える。

 ただ空は澄み渡り満天の星が輝いている。


 カインズベルクはこの世界最大級の都市と言われているが、それでも夜になれば闇が深くなる。すこし通りから外れると、さすがに暗くてよく見えないところもある。


 10分ほど歩いただろうか、周囲は閑静な貴族屋敷が立ち並ぶ住宅街になっている。大邸宅とまでは行かないが、おそらく各国の貴族たちの別荘区域と言ったところだろうか。国家間の交流はこの時代結構頻繁に行われている。出張で隣国の貴族の会合や王室や政務の会議など、なにかと隣国へ訪れることも多いため、ちょっとした(それでも充分に大きいが)屋敷を構えているものも多いのだろう。


 不意にアステリッドが立ち止まると、そこでキールの方を向いて、

「ありがとうございました。送っていただいて。では、ここで失礼します。また、明後日――ならいけると思います」

と言った。

 キールはアステリッドの背後に建つ立派な屋敷をみて、目を見張った。


「え? ここなの?」

「はい。今はこちらに住んでいます」

「え? でも一人暮らしって――(言ってたよね?)」

「ああ、父母は故郷の本宅にいますから、家族で私一人こちらに住んでいます」


(それ、一人暮らしって言わないよね?)


「あ、大丈夫です。給仕長には朝出る時に今日の食事は外で取ると言っておきましたので」


「あ、はは、そうなんですね――」


「それではまた、あさって。あ、ちゃんとお風呂入ってくださいね。汚いですから」

そう言い残すと、アステリッドは屋敷の門へと消えていった。


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