第427話 ローベの賑わい
キールは皆に一時の別れを告げたあと、メストリルを離れて、港町ローベに向かう為再び船上の人になる。
本当はゆっくりと歩いて、「レオローラ号」が停泊しているケウレアラの港町エランまで行くのもいいかと思っていたのだが、そうするとどうしてもウォルデランを避けては通れない。
ウォルデランを通過しているのに、『火炎』に挨拶もせずに何度も素通りするのはさすがにばつが悪いと思うのだ。
おそらくいつかは、街道で待ち伏せされ、国家魔術院へ歓待されるに違いない。
『転移』術式を使うのは緊急案件や生命の危機に瀕した場合に留めておきたいため、それ程濫用は出来ない。あの術式は消耗が大きすぎる。
そう思案していると、ミリアが申し出てくれた。
「どうせ、ウォルデランはやり過ごしたいとか思ってるんでしょ? いいわ。ジョドとべリングエルに頼んでみるから――」
「え? いいの? ありがとう! 助かるよ!」
キールは端的に感謝の意をのべた。
そうして、ジョドとべリングエルという二人の竜族の背に跨り、ミリアとキールはメストリルの空へと舞い上がったというわけだ。
エランでミリアと束の間の二人きりの「年末祭」を過ごした後、キールは「レオローラ号」を駆って海へ出、数日後、港町ローベに停泊した。日付はすでに12月28日になっており、今年も終わりを告げようとしている。
ローベの丘の上の教会。
おそらく「ワイアット・アープ」はそこに居るだろう。
キールはあの男のことをどうしても無視できない気がしてならなかった。まずはその名前だ。
「ワイアット・アープ」という名が、ただの偶然の一致ではなかったことは、この間のワイアットとの別れ際に判明している。彼自身がそれを匂わせる発言をしているのだ。
――この名を聞いて訝しがるということは、お前もそうなんだろう。
と、ワイアットは言った。
「そう」とはおそらく、「転生者」だということだろう。そして、ワイアットはそれに気が付いている。つまり、「前世の記憶」に覚醒しているということだ。
いったいどうやって覚醒できたのだろうか?
これが一番知りたいことである。そして、
彼はいつの時代に生きていた何者なのだろうか?
これが二つ目に知りたいことだ。
この二つの問いに素直に答えを教えてくれるかどうかはわからないが、次に会った時に《《その話》》をしようと言ったのはワイアットの方だ。
少なくとも、いくらかは告白するつもりでいることには違いないだろう。ただ、その際にこちらもある程度は話さなければならない事にはなるだろうが。
――つまりは、「情報交換」だ。
キールが話した分だけ話すということになるのだろう。
ローベの街は年の瀬ということもあり、かなり賑わっていた。
そもそも港町がそれほど多くないこの中央大陸において、新鮮な海の幸を手に入れるため港町に足を運ぶ商人たちは後を絶たない。それは、漁村や漁港はもちろんだが、港町にはそれ以上に「海運」のため各国の交易船(といってもまだ小型から中型のボウトが主だが)が乗り入れてくるというのもある。
エルルート族との邂逅によって操船造船の技術を手に入れたレントたちの海上への進出はまだ始まってはいない。
おそらく、各商人階級や民間漁民階級の者たちが「船(帆船)」を手にするようになるまでは、もうしばらく時を待たねばならないだろうが、そうなれば、港町は飛躍的な隆盛を極めることになるだろう。
おそらくこのローベの港の規模から見れば、そうなった時代には、大いに発展を遂げ、大陸一の港町へと躍進を遂げるに違いない、と、キールは見ていた。
キールの目指す「海の国」において、寄港先となる港町は非常に重要なポイントだ。それもあって、このキュエリーゼ王国との間の「親交」を温めることはとても重要な課題ともいえる。
初めのうちは、エランでもいいかと考えていたのだが、港の規模と商人の数を比較すると、ローベで叶うのならそれに越したことはないと思うようになった。
主要寄港地として、強固な関係を構築することができれば、補給についての心配はほとんど解消されると言っても過言ではない。
――ただ、搾取され、恭順するように求めてくるようなら願い下げだ。その場合は、エランを大陸一の港町に発展させればいいだけのことだからな。
とは、考えている。
キールの目指す「国」は、どこか一国に従属するものでは意味がない。完全に経済的・軍事的に「独立」した存在でなければ、「緩衝地」の役割を果たすことはできないのだ。
(さあて、ワイアット。お前はいったい何を企んでいるのか、とくと聞かせてもらおうじゃないか――)
そう意気込み、キールは丘の上の教会の扉を開けた。




