第420話 聖エルレア大聖典「百物語」の隠し要素?
「わぁあああ~! こんなに本がぁ~!!」
大書庫に入ったとたんに驚嘆の声を上げたのはキールだった。キールの本好きは昔から一貫している。
政都大書庫は、エルレアの土地中から書物が集まっている書庫だ。新刊が発行されるたびに、ここにも必ず一冊は納書される。書物の技術は北のレントの文化同様に、紙とインクによるもので、これについて大差はない。
「ほう、なかなか大したもんだな? カインズベルクよりまだ大きいんじゃないか?」
と応じたのは『英雄王』だ。
「そうか?」
と、素っ気なく返したのはティット。
「ええ、カインズベルクのゆうに倍以上はあるでしょう」
と驚嘆するのはキューエルだ。
ハルたちと合流し、6人になったこの『パーティ』の今日の任務は、この政都大書庫に所蔵されている『聖エルレア大聖典』の記述を確認することだ。
「借りて来たよ? これが聖エルレア大聖典の原版だよ」
ハルがそう言って、自分の体の4分の1ぐらいある大きなハードカバーの古びた冊子を抱えてきた。
「やっぱり、持ち出しは不可なんだって……」
「そうなのね。ハルちゃん、この中にはいくつの物語が収められているの?」
と、聞いたのはアステリッドだ。
「エルレア百物語って言ってね。全部で、百編収められてるんだよ」
と、ハルが答えた。
しかし、この中から「鍵ワード」を探し当てるなど、何も手がかりがなければ到底無理な話だ。この原版を持ち出せれば詳細に書き写すなどして時間をかけて研究もできるというのに、それもできないとなると、今日一日で答えに辿り着くなんてやる前から答えは分かっている。
そう思いながら、キールはその書物をぼんやり覗き込んでみた。
(ん? あれ? なんだぁ? おいおい、これって、もしかして――?)
キールは今一度集中して見開きになっているページを覗き込む。
(やっぱり、立体視だ――)
「ごめん、ハル、ちょっと良く見せて!」
キールはその大聖典を正面において、ページをゆっくりと凝視する。
すると、じわじわと、文字列の中からある記号列が浮き上がって見えた。
「アステリッド、紙とペンある?」
「はい、これです! キールさん!」
キールはアステリッドから紙とペンを受け取ると、そこに見えている「記号列」を正確に書き出した。
「キール? この《《文字列》》が見えたの? これは、古代エルレア文字だよ?」
「いや、僕には文字とはわからない。ハルは読めるの?」
「もちろん! これは、『辿り着く』だよ?」
「おい、小僧! どういう事なんだ、説明せんか!」
『英雄王』がキールに説明を求める。
実は――。と、キールは説明を始めた。
「立体視」、ステレオグラムともいう。トリック・アートの一種だ。左右の目の視点を調整すると、平面の印刷物から何かが浮き上がって見えるというやつだ。
どうやら、この本の見開き一ページ全体がそれになっているようだ。
「あ! 本当だ! 何かが浮き上がって見えるぞ? ああ、確かにキールの書いた記号と同じものだ!」
と、まず最初にキューエルが歓声を上げる。
「なにぃ!? 俺には見えんぞ!?」
と、『英雄王』。
「おい、リーダー、もしかしてこれが見えないってのか?」
と、今度はティットが見えたようだ。
「ぬぬぬ、小癪な。お前にまで見えているというのか!?」
『英雄王』はまだ見えないらしい。
その後、ハルもアステリッドもやり方に慣れてくると、確かに浮き上がって見えるものが見えるようになってくる。
「キールさん! これって、アレですよね?」
と、アステリッドは記憶から引っ張り出して前の世界でも見かけたことを思いだしたようだ。
キールは、片目を閉じて、合図を送る。
「うわぁ! 不思議だなぁ! この書物にこんな細工がされているなんて、誰も気が付かなかったはずだよ?」
と、ハルも興奮気味だ。
「馴れるまでちょっと時間はかかるかもだけど、この文字が読める人がやれば、なんて書いてあるかがわかるはず――。ハル、できる?」
と、キールがハルに問いかける。
「もちろん! まさかこの大聖典の『百一篇目』が世の中で最初に読めるなんてワクワクだよ! 解読したらみんなに最初に聞かせてあげるね!」
というわけで、最後まで読めなかった『英雄王』は、頑固にも、見えるまで続けると言って、ハルの側に座り込んだが、、他の4人は一旦自由行動ということにして、夕方またここで落ち合うということとした。
ティットは街を散策してくると言って表に出て行き、キューエルもまた、この地域の信仰に興味があると言って、ホテルで聞いた教会に行ってみる、と、この場を離れる。
アステリッドは、夕ご飯に良いところが無いかを探しに行くと言って出て行った。ウインドウショッピングでもするつもりだろう。彼女の場合、こちらの土地でも売れそうなデザインを考えるにも、街行く人を眺めることも極めて重要な作業かもしれない。
キールは、行く当てもない為、折角こんなに大きな書庫に来てるんだからと、書庫内をうろうろと周回することにした。
そして、その結果、また新たな出会いが訪れることになるのだった。




