第415話 再びポート・レウラ
クルシュ暦371年11月24日――。
この日は記念すべき日となった。
人類が製造した「船」がとうとうエルレア大陸に到達したのだ。
デリウス・フォン・ゲイルハートという造船家の手によるそれによって、人類は初めて自身の手によって海を渡ることに成功したのである。
一隻のレント製大型帆船と、もう一隻追従する中型エルルート製帆船の2隻が、ポート・レウラに到着したのは、その日の夕刻であった。
ポート・レウラ――。ここはジルメーヌ・アラ・モディアスが治める領地にある港町である。
そもそもはそれほど大きな港ではなかったのだが、ジルメーヌが「北の大陸」へ渡るようになると、少しづつ拡大して、徐々に大きくなっていった経緯がある。
かつて『英雄王』パーティが、初めてエルレアに降り立ったのもこの港町だった。
「おいおいおい、本当にここがポート・レウラなんだろうな!?」
と、『英雄王』がさすがにその変わりように驚いて、傍らのキールたちに問うた。
「へへへ、おれらは少し前に来てるからな。驚いただろう?」
と、『英雄王』に向かって上体を逸らして自慢げに言い放ったのは、ティット・ディバイアだ。
「リヒャエル様とはじめてこの地に来たときは、まだまだ小さな港でしたから。ジルメーヌ様がいつかレントを迎えるにあたって、警戒心を抱かせぬようにとの配慮から作られた港町だそうです」
と、注釈を入れたのはキューエル・ファイン。
二人とも『英雄王』パーティの古参だ。残念なことにレイモンド・バーンスタインはここには居ない。『英雄王』自身は一緒に行こうと最期まで声をかけ続けたらしいが、レイモンドは笑って旅立っていったという。
「いい人生だった。あの二人、しっかり育ててやれよ、リヒャエル。悪いが俺は先に行かせてもらう、ぜ」
レイモンドはそう言い残して、68年の人生を終えた。
葬儀は静かに行われた。その墓は、メストリル郊外の墓地に建てられている。
「レイモンドのやつも連れて来てやりたかったが――」
と、感傷に浸る『英雄王』に声をかけたのはティットだった。
ティットは、
「アイツは最後まで自分勝手なヤツだったからなァ。体を壊しても酒は止めねぇって結局死ぬ前の日まで飲んでたらしいじゃねぇか。まあ、自業自得は冒険者の倣いだし? 地で行ってる根っからの冒険者だったってことだろうさ」
と言った。
「レイモンドさんは、笑って逝かれたのでしょう? ならば、大いに満足できたということ。私もいつかはそうありたいと、そう思えます」
とはキューエルだ。
「ふん! 俺より若いくせに先に体を壊すのは不養生だからだ。前々から声を掛けておいたのに、あいつ、少しは酒を控えるとかなかったのかよ!?」
と、やや怒りを含んだ『英雄王』の声色に、二人は小さく微笑んだ。少しは「らしさ」が戻った『英雄王』の様子と、そう言いながらも、微笑んでいるこのリーダーが本気で怒っているわけではないとわかっているからだ。
ポート・レウラに到着した一行が今日の逗留先として用意されているのは、前にキールたちがここを訪れたときと同じ旅館だと聞いている。
「北の大陸」を出た頃は晩秋という感じだったが、ここエルレアは南半球なので、いまは「初夏」といった感じだ。
しかも、ポート・レウラはエルレア大陸でも北海岸に位置している為、より暖かい。
「いらっしゃいませ。遠路はるばるお疲れさまでした。本日はゆっくりとお体をお安めくださいませ――」
そう言って港で迎えたのは、前と同じエルルートの男、レオパさんだ。
「キールさま、お久しぶりでございます。旅館までご案内いたします。差配はすべてお任せください――」
「レオパ、さん。でしたね? 今回もお世話になります」
と、キールが返した。
ティットとキューエルもレオパさんとの再会を懐かしみ、一行はレオパの案内する旅館へと入った。
翌日――。
料理とバイン酒と大浴場でしっかりと船旅の疲れを癒した一行は、ポート・レウラをあとにする。
時間があるのなら、ここでゆっくりと一週間でも過ごして居たいところだが、まずは第一目的である、「統一王朝への謁見」がさきだ。
まあ、言うなれば、ただの挨拶に過ぎないのだが、「約束の日」にしっかりと到達できるというレントの技術を示しておきたいという、『英雄王』の思惑もある。
なんなら、1日2日はやく到着しても全然かまわないぐらいだ。
そういう訳で、ポート・レウラからは馬車旅で4日かかるエルレア統一王朝政府が存するエルレア大陸の政治の中枢、『センターコート』へと向けて一行はまた歩み出した。




