第413話 名コンビ? 迷コンビ?
「ええ!? いいんですかぁ!」
「師匠と離れていいの!?」
『翡翠』の目前に着席する二人の女子がほぼ同時に叫んだ。
「状況がそうしろと言っておる。お前たち二人は、これから即刻南へ向けて出立せよ。あの二人を追いかけるんじゃ」
そう言ったのは、『翡翠』だ。
実は、数日前、エリザベス・ミューラン教授から打診があった。
――「エルレアの聖典」が必要になりそうだ。手に入れてほしい。可能か? と。
「聖典」とは言われているが、その中身はいわゆる伝承・神話の類いで、エルレアに於いては幼少期の教育に引用される程度のもので、歴史書という認識はないものである。
そんなものをどうして欲するのかとエリザベスに問うたところ、バレリア遺跡から持ち帰ったあの「箱」の謎を解き明かすのに必要だと説明を受けた。
「出来れば、その聖典の中でももっとも詳しいものが欲しいの! 引用されているようなものじゃなくて、詳細に原文にかなり近い記述がされているもの、そういうのってあるの?」
と、いうのがエリザベスの要望だ。
「そういうものは在るにはあるが、エルレア統一王朝が所蔵しておると思われるため、そこまで取りに行かねばならん。取り敢えず、先行で諜報員を走らせておるが、エルレア政都大書庫から持ち出し可能かは不明じゃ。――というわけじゃから、直接見てその場で「答え」を見つけ出さねばならんかもしれん、そうなれば、実際にその文字を見たお前たちに現場へ行ってもらうのが一番適切だろうという結論に至った。――向こうで二人と合流するのが良いじゃろう。小僧も一緒に行っておるのじゃからな」
『翡翠』はそう二人に説明した。もう少し前に分かっておれば、同じタイミングで行かせたものを、とは思わなくもないが、そのタイミングになったのには相応の都合があったのも事実だ。
――まあ、この二人にもそろそろ「旅」をさせなければならないとは思っていたところだ。ちょうどいい「旅」になるじゃろう。
そう今ここにいる3人に諮ったところ、その賛同を受け、今この時間に至る。
「――じゃというのに、時間に遅れてくるわ、口に食べかすを付けてくるわという始末……、ネインリヒ、そなたどう思う?」
と、難しい顔をして黙っていたネインリヒに振る。
「ううむ。このやらかしは相当にマイナス点ですねぇ。私も一応賛同したものとして、本当に行かせて大丈夫なものかと心配になってきました――」
と、ネインリヒは応える。
途端に二人の女子の表情が曇る。
「全く、他に適任がいるのならそのものに替えるということも考える必要があるかもしれん」
と言ったのはウェルダートだ。
二人の女子たちは、『翡翠』の目の前で縮こまってしまっている。
「――そうですねぇ。今回は急な呼び出しでもあった為大目に見るとしても、やはり行った先に迷惑をかけて「レント」への猜疑心を煽るようでは、心配ですしねぇ――」
と、『氷結』が助け舟を出す。
この助け舟に乗らないアステリッドではなかった。
ニデリックが言い終わるか終わらないうちに、宣言する。
「あ、あの――! 私たち精一杯頑張りますので! 行かせてください!!」
「ボクも! ちゃんと行儀良くしますから、行かせて!!」
ハルも応じて、これに乗る。
そうして二人してソファの前のテーブルに頭をこすりつけんばかりに深々と頭を下げて懇願している。
――まあ、こんなもんでええじゃろう。
という意を周囲に諮るために、『翡翠』は周りに着席する3人に順に視線を移す。
3人とも、「致し方なし」という反応だが、強く反対する姿勢ではないため、「よし」という意であると汲み取った『翡翠』は、
「ならば、襟を正して我が命を受けよ!」
と、一喝する。
二人はソファの上で姿勢を正し、真っ直ぐにこちらを見て、神妙な面持ちになる。
――なんだかんだで、この二人、なかなかにいいコンビじゃのう。
と、そう思うと思わず笑みが漏れそうになるが、そこはぐっとこらえて命じる。
「魔術師アステリッド・コルティーレ、大使補イハルーラ・ラ・ローズ。両名に大使館長ジルメーヌ・アラ・モディアスの名において命じる。エルレア統一王朝に赴き、『聖エルレア大典』を入手せよ。なおその際、現地にいるミヒャエル・バーンズ、キール・ヴァイスの両名と合流し、共に行動するように――」
言葉を聞いた二人のぱあっと輝く表情が、本当に分かり易くてこちらも思わず微笑んでしまいそうになる。
ネインリヒが今俯いているのは、おそらく堪えきれず顔に出てしまっているからに違いない。
ニデリックとウェルダートは表情を変えていないように見えるが、目は笑っている。
「「命令、承りました! 全力で任務に取り組みます!!」」
二人の返事が見事にシンクロした。




