第410話 竜の咆哮
「連れてきたわよ! あとはお願い! 私は王城から向かってくる兵士たちの様子を見てくるわ!」
ミリアはレイバン国王を国家魔術院のものに預けおいて、再び空へと舞い上がった。
「竜」を初めて見た魔術師たちは相当に驚いていたが、空に舞い上がるこの『騎竜魔導士』の勇士を見て奮い立った。即刻、国王を教会内に匿うと、治癒班が全力の治療を施し始める。
来た道(空)を少し戻りながら、王城から出てくる追手の様子を確認しようと木々の間を縫うように走る森の小道を注視しつつ飛ぶ。すると、王城から少しこちらへ向かったあたりに砂ぼこりが上がっているのが見えた。
(追手の一団だわ――)
騎兵が十数騎、その後ろに少し離れて歩兵と灰色ローブの一団が見える。灰色ローブの者たちだけなら、最悪、焼き払えばと思っていたが、混在しているとなれば話は別だ。
(まとめて攻撃すると、巻き込んでしまう――)
そう悟ったミリアは、反転する。
教会の魔術師たちに軍容を伝え、対応を考える時間を与えた方が良いと思ったからだ。
教会に辿り着いたミリアはジョドの背を降り、扉を開けて、教会内に入る。
「ハーランド院長! 追手は衛兵と灰色ローブのの混在編成です。どうしますか?」
ミリアはすぐにハーランド院長を見つけるとそう声をかけた。
ハーランド院長もミリアに気付き、
「おお、ミリア様! 陛下をお救いくださいましてありがとうございます! 陛下の意識はじきに正常に戻るでしょう。ミリア様、誠に恐縮ではありますが、今しばらくお付き合いくださいませぬか? 教会前で、追手の足止めを願いたいのです。陛下の準備ができ次第、反転攻勢を仕掛けます」
と、ミリアに伝えてくる。
「わかりました。足止めだけでいいのですね?」
「ええ、それで充分です。衛兵たちも城を離れて少し経てば、正常な判断力を取り戻すまでそれほど時間はかかりません。陛下がご存命で、しっかりとした王令を下されれば、きっと衛兵たちも正気に戻る事でしょう」
わかりました、と返事をしておいて、ミリアはまた教会を飛び出す。
「ジョド、ごめんね、もう少し付き合って――」
『ふん、お前に付いてゆくと決めたのはわしじゃ。そんなことは気にせんでいい。それより追手の奴らの気配がだいぶんと近づいている。それほど時間はないぞ?』
「ええ、もう一回飛ぶわよ?」
『いいじゃろう』
ミリアは再びジョドの背に跨る。
ジョドはふわりと浮き上がると、再び森の小道に沿って空を駆けてゆく。
『見えたぞ?』
「ええ、あの先団の上を旋回して、少し脅かしましょう。それで少しでも時間が作れれば――」
――国王の治療に割ける時間も増えると言うものだ。
『脅かす――か。なるほど、それはそれで面白そうじゃ。ミリア、少し衝撃があるぞ? しっかり掴まってろ?』
「え? ジョド、なにするつもり、いい~~?」
ジョドはミリアの声を置き去りに、先団の騎兵の直前に向かって、急降下を始める。真っ逆さまに縦に降下する形になる為、ミリア自身も、必死にジョドの鱗に間に手足を挿し込んで体を固定する。
ぐんぐんと下降し、地面の手前で急ブレーキ、そして、地響きを立てて地面に着地する。
ズダァァァアアアン!!
という地響きと同時に、付近の木々がざわわと揺れる。
ヒヒイイイン!
という馬の嘶き、と同時に騎兵たちの声が上がる。
「ぬおお!」
「と、とまれぇぇ!」
「ぶつかる!」
何とか騎馬を制し、転倒だけは免れる騎馬隊だったが、馬自体が、恐れおののき、足をじたばたとしつつ《《たたら》》を踏んでいる。
グオオオオォォォン!
ジョドが咆哮をあげた。
「きゃ!」
とミリアまでもが声を漏らしてしまう。
それほどに猛々しい、竜の咆哮であった。
「ぐ、ぐう!」
「ひ、怯むな!」
「進め、進むんだ!」
騎士たちも自身の相棒を何とか立て直そうと苦慮しているが、馬の方は眼前に迫る巨大な脅威と圧倒的な力の差を見せつける咆哮を浴び、しばらくは正気を取り戻せないだろう。
『ふん、他愛もない。これでしばらくは時間が稼げるじゃろう。ミリア、教会へ戻るぞ?』
「え? ああ、よろしく――」
『なんじゃ、お前まで委縮したのではないじゃろうな? わしはお前の従者じゃぞ?』
「わ、わかってるわよ! ただ、ジョドってそのやっぱり竜だったんだなって――」
『何を訳の分からんことを言っとるか。飛ぶぞ?』
「ええ、もう大丈夫! 行って――!」
ミリアは再び空に舞い上がると、教会の方へと向かって飛び去った。
先団の騎馬隊に追い付いた後続の灰色ローブのなかから、一人の男が叫んだ。
「こんなところで何をやっている!? さっさと教会へ向かわんか!」
侍従長のヒュッケン・ジンザだ。
彼がこの追手の一団を率いていたのだ。
「ジンザ様、誠に申し訳ありませぬ。竜が――。あいつのせいで馬が委縮して動かないのです。もうしばらくは落ち着かせてからでなければ――」
「そんな時間はないわ! もうよい! 馬などここに捨て置け! お前たちも駆けるのだ! 行くぞ、急げ!」
そうなのだ、「時間が無い」のだ。
王城を離れてすでにいくらか時間が過ぎている、急がなければ、『リーキの葉』の効果が薄れ始め、全てのものが正気を取り戻してしまうかもしれない。
(そうなる前にこの事態を収拾しなければ、私の命が危ないのだ――)
「急げ! 急ぐのだ!」
ヒュッケンは生涯において今ほど全力で走ったことはないかもしれないと思っていた。




