第407話 キールのせい
ミリアは、エルレア大使館フロストボーデン支部に足を踏み入れた。
迎えてくれた大使館長はエルルート族の女性、シュリネン・ターカリアと言った。
シュリネンはミリアを歓迎すると、大使館内の一室をあてがってくれた。夕食は他の大使館員たちと共に会食をという、向こう側のたっての願いもあって食堂でテーブルを囲むことになった。エルルートの人たちは総じて気さくな雰囲気があり、皆が代わるがわるミリアに挨拶や質問をするなど、楽しい時間が過ぎて行く。
そうして食事が終わり、終いにデザートと紅茶が運ばれてくると、ミリアは聞かねばならないことを切り出す。
この国の「現在の状況」、だ。つまり、ラーデンフォウル教のことについてどこまで調べてあるのか、ということである。
「シュリネンさん、お聞きしたいことがあります。この国の状況についてです。ラーデンフォウル教とはいったい何者なのです?」
ミリアは単刀直入に聞いた。
ミリアは、キールのように相手の出方を見ながら会話をするということはうまくないと思っている。基本的にそう言った「駆け引き」が苦手なのだ。
こう言った話術というのも、身につけておくに越したことはないのだろうが、どうにも嘘っぽく聞こえてしまいそうで、どうも性に合わない。ならば、真っ直ぐ聞きたいことを聞き、言いたいことを言う方が相手により直接的に届き、また、それに対する反応もまっすぐに返ってくることが「多い」と、そう思っている。
「――さすがミリア様。すでにその者たちのことをご存知とは。『翡翠』様の試練の一つ目を早速クリアされましたね」
「『翡翠』様の試練? いったん何のことですか?」
シュリネンは事の次第を話し始める。
このラーデンフォウル教について大使館側(つまり、エルルートの諜報員側)にはすでに情報が入っており、『翡翠』にもその報告は届いている。そして、その『翡翠』からある「指令」がこの大使館に伝えられていたのだ。
『ミリアにはラーデンフォウル教について聞かれるまでは何も言わずとも良い。王城に行けば様子が違うのは理解できよう。その上で、彼女がどういった行動をとり、どういう責任を取るかということもそろそろ経験すべきじゃろう』
そういう事だったか――。
これほどの重大事であれば大使館が把握してないはずはないとは思っていたが、なるほど、『翡翠』様らしいといえばらしいか。
「これがその指令書です。これを見せれば証明になるだろうとも仰られておいでです」
そう言ってシュリネンさんは指令書を提示した。指令書には今の話の内容通りのことが記されていた。しかも、ミリアが読めるようにわざわざ「共通語」で書かれている。
「――確かに、『翡翠』様の字ですね。それで? 質問にはお答えいただけるのでしょうか?」
「ええ、もちろんです――」
そう言うとシュリネンは現在大使館が掴んでいる情報をすべて話してくれた。
ラーデンフォウル教は、この数か月の間に急に沸き上がった新興宗派であるらしい。その起源は良く分かっていない。ある時、数人の僧侶がこの街にやってきてから急速に信仰を獲得し、この数か月の間に、王城にまで入り込み、国家魔術院を締め出すというところまで勢力を持つに至った。
とはいえ、これには『リーキの葉』の影響がおおきいことは言うまでもない。
おそらく初めは、どこかの貴族が「取り込まれた」のだろう。そこから徐々に浸透していき、ついには国王まで取り込むに至ったということだ。
現在国王は謁見の間と寝室を行き来するだけの「傀儡=操り人形」となっている。
大使館側としては、『翡翠』へ詳細をつぶさに報告していたが、この大使館側へはこれまで通り応接を行い、政府としての権能を発揮している以上、それは「レントの一国家の問題」であって、国際問題ではない。つまり、大使館側が何かを働きかけるということは憚られる事案だ。
そこで、ミリアの出番、となる。
今回の『リーキの葉』事件以来、エルレア統一王朝はレントの各国家に対して、この「麻薬」の取り扱いについて申し入れを行うという、極めて珍しい内政干渉を行うことを決定した。大きくは二つ。「エルレアへの持ち込み禁止」と「エルルート族への使用および提供の禁止」の二つだ。そして、ミリアはこの内容の親書を携えて各国を周遊中である。
そのうち、このフロストボーデンへも来訪することになる。そうなれば、国王と謁見したミリアはこの国の異常に気が付くかもしれない。もし仮に気付かなかったとしても、それはエルレアにとっては「今のところ」要対応案件ではない。先程も述べたが、フロストボーデンの内情についてはエルレア大使館の感知するところではなく、国家としての体制を保っている間は不可侵領域であるからだ。
もちろん、ミリアが気が付いたとしてどうするか。それについても全く指示があるわけでもない。
「ただ一つ、これは『翡翠』様からの言伝でもありますが、その指令書にも書いてある通りです」
とシュリネンは言った。
そうなのだ。指令書の追記の欄にこうはっきりと記されており、サインまでしてある。
『――『英雄王』は『七彩光』に全権を委ねるものとする』
つまりは、お前にすべて任せる、好きにやれ、ということなのだろう。
とうとう、「無茶振り」が私の方まで及んでくるようになったか、と、ミリアは深い溜息をついた。
(こういうのって、キールの領分じゃない? ああ、あいつが海になんか出てるからこんな役回りが私の方まで回ってくるのよ――)
ミリアは、キールと今度会ったら、この「貸し」をしっかりと取り立てねばと考えていた。




