第405話 ラーデンフォウルの暗躍
「ようこそ、騎竜魔導士殿、いや、『七彩虹』殿とお呼びすべきでしたか――」
と、慇懃な態度をとる初老の魔術師が前に進み出て、ミリアに右手を差し出す。
「ミリアで結構よ。それより、あなたがこの魔術院の責任者?」
と、ミリアはこの処遇に対してやや怒りをはらんだ言葉を返した。
「――申し訳ありません、ミリア・ハインツフェルト殿。門衛とは実は通じておりまして。あなた様が各国を巡回しておられるという情報はつかんでおりました故、もしお越しになったら知らせてくれるよう申しおいておいたのです」
先程の門衛が協力者だということか。
しかし、人のよさそうな門衛だったことを考えると、この勢力は正しい者たちなのかもしれないと思えなくもない。馬車の御者、ケリー・グラントは、『反乱』だと言っていた。
是非を判断するにはまだまだ情報が足りない。やはり、話を聞く以外に事の是非を決する方法は無さそうだ。
「わかりました。それではお話をお聞かせください。このような仕打ち、一方的で、あまり気分がよくありません。しっかりとご説明をお願いします」
ミリアはやや心を落ち着けて、言葉も可能な限り丁寧に伝えるよう配慮した。
「はい、もちろんです。その為にあなた様にここまでお越しいただいたのですから――。わたくしの名は、ハーランド・ウォレルと申します。このフロストボーデン国家魔術院の院長を務めております。とはいえ、現在は「国家魔術院」という機関はこの国では存在しておりません。先日、解体されたのです。そこで、われわれは王都を追われ、いまはここを住処としております」
と、その初老の魔術師ハーランド・ウォレルは話し始めた。そのハーランドの話を要約すると――。
数か月前、このフロストボーデンに聖職者の一団が現れたという。初めの頃は、諸国巡礼の者たちかと放っておいたのだが、少しずつ人民たちがその者たちのもとに集まるようになり、いつの間にやら一大勢力へと成り上がってしまったという。
そして、王国貴族の中にも有力な後見人が複数現れはじめ、あっという間に、国政の主導権を握ってしまったというのだ。
「ちょっと待ってください。そんなことがいきなり起きるなんて、あまりにも――」
「荒唐無稽だと、おっしゃりたいんでしょうな。そうです。われわれもそう思っておったのですよ。ですが、結局、われわれ国家魔術院は解体されるに至ってしまった。これが事実なのです」
その一団が提唱していたのは、何のことはない、「この地が枯れて豊かでないのは魔術師が土地の魔素を食い荒らし、大地の力を奪っているからだ。魔術師を排除すれば、この地も草花が咲き、農作物がたくさん採れる豊かな土地へと変わるだろう」というものである。
そして、それは数年単位の時間をかけてやり遂げねばならないことだ、だから、早く取り掛かれば早く結果が出るだろう、という。
なんとも、甚だ暴論である。
たしかに、魔法を使うのに魔素を消費することは紛れもない事実である。が、魔法というのは、魔素を集約し、現象を具現化する術式のことであり、その現象が消失したあと、それを生成していた魔素はまた自然へと還帰する。
つまり、集めて魔法を為し、現象消失後また拡散するのであって、決して、「減少する」ものではない。そんなことは、初等魔術院でも学ぶ魔法の基礎中の基礎だ。
「その通りです。ですが、魔術師でないものは、その論理を理解できません。彼らには魔素を感じることすらできないわけですからな――。ただ、われわれが幸運だったのは、彼ら聖職者の一団が、われわれ魔術師を遠ざけただけで、投獄したり、斬首したりしなかったことです――」
たしかに、「手荒な真似」はされていないようだ。単純に、魔術院が解体され、追い出されたというだけで済んでいる。
「――それで? あなた方はどうしようと考えているの?」
「それなのですが――。誠に申し上げにくいのですが、どうかわれわれをお救いくださいませんか? もちろん、ミリア様にはなにも弊害になるものはございませんでしょう。北方の寂れた国家魔術院が一つ無くなっただけでございます。――ですが、奴ら『ラーデンフォウル教』の目的が、この一国の乗っ取りだけとは限りません。この国を皮切りに、今後は他国へと影響力を強めてゆくでしょう。当初、奴らの目的はただの魔術師排他主義であると思っていたのですが、奴らの布教速度の速さは尋常ではありませんでした。これには何か裏があるのではと、われわれが調査した結果、特殊な『リーキの葉』が使用されているということが判明したのです」
『リーキの葉』――。
こんなところでも耳にすることになるとは、ミリアは正直驚いた。しかし、その「リーキの葉」は、エルルートにとってはかなり幻覚効果や依存性が高いと聞いているが、我々「レント」にはさほど影響力は強くないということのはずだったが――。
「リーキの葉、ですか――。ノースレンドが主要産地のお茶やタバコに使われるあれですね」
と、ミリアが応じる。
「ほう、やはりご存じでしたか。そうです。ですが本来、われわれ人間にはたいして影響の強いものではありません。ところが、奴らの使っているものはどうやらその効果を増幅させているもののようなのです――」
ハーランドはそう答えた。




