第404話 フロストボーデン国家魔術院
ミリアは先程入ってきたものとは別の扉から守衛室を出る。すると、城壁の内部へと入ることになる。
すぐ目の前に馬車が1台到着しており、その馬車のすぐそばに御者が立っていた。
ミリアは促されるままにその馬車に乗り込んだ。
しばらくすると馬車が走り出す。
街並みは先程の壁外の建物よりは幾分か頑丈なつくりの家々が並んでいるようで、人通りもいくらか増えた気がした。
(ほら、やっぱり気のせいだったのよ――。ジョドがおかしなこと言うから、少し警戒してしまったじゃない)
ミリアは、先程壁外でやり取りしたジョドとの会話をずっと気にしていたのだ。
『――なんとも寂しい国だな』
ジョドはそう言った。おそらく、通りに人がいないことを指して言ったものだとミリアはそう捉えていたのだが、街中に入れば、やはり、人の姿を見かけるようになった。
馬車は石畳で整備された街路を走り続ける。おそらくのところ、このまま城門まで運んでくれるのだろう。
――しかし、数分経っても馬車が止まる気配がない。
城壁から王城まで距離があると言っても、さすがに時間が掛かりすぎている。
(何か様子がおかしい――)
そう思ったミリアは、馬車のワゴンの小窓から、御者へと声をかけた。
「あのう――。あとどのくらいで着くんですか?」
だが、御者は返答せず、黙っている。
「ちょっと! どこに連れて行くつもり!? おろしなさい!」
ミリアは、今度は怒気を含んだ声で御者に向かって叫んだ。
「ミリア・ハインツフェルト。貴殿には王城に行く前に会って頂きたい方がおります。出来ましたら、そのまましばらくおとなしくしていてください。こちらも手荒な真似はしたくありませんし、例えばこのようなところで戦闘になれば、町中の人を巻き添えにしてしまいます――」
と、その御者がようやく反応した。
「あなた、何者なの? 王城の使いじゃないわね?」
「わたくしの名は、ケリー・グラント。このフロストボーデン王国の国家魔術院の魔術師です――」
「魔術院の? でも、魔法感知にかからなかったわ?」
「すいません。失礼ですが、貴殿の魔法感知では私を捉えることはできませんよ。わたくし、この術式だけは、大陸一と自負いたしておりますので」
御者、あらため、ケリー・グラントはそう言った。
「ミリアさま。もうしばらくそのままお座りになっててください。もう数分で到着いたします」
と、ケリーは子猫をあやすかのようにそう言った。
「一つだけ聞かせて――。この国で今、『何が』起きているの?」
そのミリアの問いに、ケリーは一言返した。
「反乱ですよ――。王城が占拠されています」
「反乱――? そう、わかったわ。着いたら起こして。昨日から寝てないの」
「どうぞ、ごゆっくりお休みください。出来る限り揺らさぬよう走らせます」
「よろしく」
ミリアはこうなった以上じたばたしても仕方が無いと腹をくくった。
いや、いざとなればジョドとべリングエルを解き放つまでだ。だが、それはまだ先の話でいい。まずはこの男が言っていることの真偽を確かめる方が先だ、と、そう考えることにした。
(はあ、なんか、変なことに巻き込まれてるような気がするわ――。わたしも誰かさんと長くいるせいで、そういうものが伝染っちゃたんじゃないかしら――?)
そんなことを思いながら、ミリアは長旅の疲れに抗えなくなり、心地よい馬車の揺れのせいもあって、いつの間にか眠りについていた。
何分ほど眠っていただろうか。
馬車が止まる気配がしたため、ミリアも目を覚ました。
「ミリアさま、到着いたしました。起きていらっしゃいますか?」
「ええ」
「そうですか。では、扉をお開けいたしますので、くれぐれも手荒な真似は控えてください。こちらも無事をお約束できません――」
「わかってるわよ。そんなことするつもりなら、もうとっくにあの馬車は木くずになってるところだわ」
「ふふ、ですよね――」
ケリーの声がすぐ扉の前ですると、馬車の扉がすぅと開かれた。
ケリーが右手を伸ばして、ミリアをエスコートする。ミリアはその手を取って、馬車から降りた。
「ここは――?」
そこは郊外にある教会のようだった。周囲には特に目立ったものは無く、背の高い木々に囲まれている。
この地方特有の針葉樹の森の中にひっそりと佇んでいるその教会がこの男たちのアジトなのだろうか。
「現フロストボーデン国家魔術院です――。申し訳ありません。こんな場所までお連れして。さあ、どうぞ中へ入りましょう」
ケリーがそう言って数歩扉の方へ進む。ミリアもその後に従うことにした。
(ここが国家魔術院だというのなら、尋常じゃないことが起きているということだ。一体何が起きているのか把握しておく必要がある――)
ミリアはそう心を決めた。




