第403話 ミリアは北の国で
中央大陸北方地域、フロストボーデン王国王都アイスピア――。
ミリアは今、そこに居た。
日付で言えばクルシュ暦371年11月30日。11月も今日で終わりだ。
さすがにこの季節の北方地域の気候は厳しい。ミリアは術式を展開しつつ、自身を寒さから護ることに専念し、ジョドの背中に跨って空を駆けてここまでやってきたわけだ。
シェーランネルを出て2日、北西へと向かって飛翔するとこのフロストボーデンへと至る。この中央大陸最北端の国家だ。
この地域のさらに北は、永久凍土が広がっていて、人間はおろか、動物や植物さえもほとんど見かけない極寒の大地が広がっており、キールの話によると、その向こうには氷の海が果てしなく続いているという。
しかもそんな大地故なのか、魔物すら出現しない、全くの無生物世界なのだそうだ。
『ミリア、なんとも寂しい国だな――。本当にここに国家が存在しているのか?』
と、ジョドが思念波で話しかけてきた。
それほど多くはないのだが、普段は腕輪の中におさまって、寝ていることが多いのだろうが、たまにこうやって話しかけてくることもある。
周囲を見渡すと、たしかにメストリルやカインズベルクのような豪奢な貴族屋敷や、商店などの建物はあまり多く見受けられない。皆、石造りの家で、一階建ての家が多く、通りを歩いている人の数もとてもまばらだ。さすがにまだ、「雪」に覆われてはいないのだが、その代わり、通りにも草花一つ見受けられず、ただ土の道が伸びているだけだ。
その延びている正面に、これまた石造りの巨大な「砦」が重厚な雰囲気を醸し出しつつ、鎮座していた。フロストボーデン王国王城アイスピア。街の名前にもなっている城の名前だ。そしてミリアの今回の目的地でもある。
『ジョド、たしかに表は寂しくは感じるけど、建物からは人々の声が聞こえるわ。それに、もう冬よ。農作物の刈り入れだって終わってる。通りに人が少ないのは、皆、建物の中にいるからに違いないわよ』
と、応じたものの、それにしても人が少なすぎる気がしないでもない。
『そうか? まあ、かまわんが――。何かあったら起こしてくれ。さすがに少し眠い……』
『ええ、おつかれさま、ジョド、おやすみなさい』
そう伝えると、ミリアは通りを王城に向かって歩み始めた。
その「砦」の中に、この街の主要街区があることはミリアもすでに聞いている。まあ、いわばここはまだ「郊外」なのだ、人が少ないのもそれほど珍しいことではないだろう。
そう思い直し、「砦」の門へと向かう。
門の高さは5~10メートルはあろうか。そしてその門から左右にひたすらに城壁が続いている。
ここに到着する少し前に、上空からこの街並みを見渡して居なければ、これが街の外壁でもあることを信じられないでいたかもしれない。それほどに大きく長い壁だ。
門に辿り着くと、門衛が寄ってきて、要件を問いただす。
ミリアは、
「メストリル国家魔術院副院長ミリア・ハインツフェルトと申します。今回は駐北大陸エルレア大使館長ジルメーヌ様の親書をお持ちいたしました。国王陛下へお取次ぎいただけますようお願いいたします――」
と、答える。
「おお! あなた様が! 『騎竜魔導士』殿であられましたか! すぐにご案内いたします! 寒かったでしょう。こちらで温まってお待ちください」
その門衛はそういうとミリアを門脇の入り口から中へと案内した。
門の中は執務室なのだろう。暖炉が焚いてあって暖かい。ミリアはようやく魔術式を解除すると、ほっと一息ついた。
できる限り消費魔力を抑えながら全身の周りに空気の膜を張って寒さを凌いでいたのだが、やはり、術式展開しているといないとでは疲れ方がかなり違う。
それに、この部屋、とても暖かい――。
「どうです? 暖かいでしょう? この暖炉に使用している燃料は、「石油」というんですよ」
「せきゆ? 石炭ではなくって?」
「ええ。このフロストボーデンでは石炭ではもう凌げないんですよ。ですので、この「石油」を使っています」
と、その門衛が、金属で出来た樽のようなものを持ち上げて言った。
門衛がそれを揺すると、ちゃぷちゃぷという液体が揺れる音が聞こえてくる。
「え、液体なんですか?」
「ええ。石炭より持ち運びに便利で、同じ熱量を出すのにも少ない量で済みます」
ミリアはその後、ようやく「石油」を理解する。
地下からくみ上げたこの液体は、火をつけると燃えるという性質を持つ液体で、いわゆる「油」なのだという。
ミリアが知る「油」と言えば、料理用の植物油が一般的だ。これも長時間火に当てると燃える性質がある。あと、ランタンやカンテラに使うものもそうだ。だが、ランタンやカンテラにはもう少し燃えやすいアルコールを使うのがこの世界では一般的だ。
「石油も石炭も大昔の恵みだと聞いております」
「大昔の恵み?」
「ええ、太古の植物が土の中で長い時間をかけて変化したもの、らしいですよ」
「へぇ、そうなのですね。初めて知りました。門衛さんは、物知りなのですね」
「え? あ、いやいや、とんでもない! 聞いただけですよ、そんな、ミリア様のような方に必要のないことを言ってしまって申し訳ございません!」
門衛はそう恥ずかしげに言うと、もうしばらくお待ちください、じき迎えのものが来るはずです、と告げて部屋から出て行ってしまった。
(わたし、何か変な言い方したのかしら――?)
と、思いなおしてみるが、特に気になる点はないように思える。
しばらくそうして体を温めていると、さっきの門衛が顔を見せた。どうやら、「お迎え」が到着したようだ。




