第401話 ニデリックの評価
実はレイモンドは、このような話があることは、聞いたことがある。
レイモンドの数代前の院長である、ジェレミア・バウランがそのような思想を持っており、その思想の影響を受けた現陛下は経済界での世界均衡を先に成し遂げられたとも聞く。
「――そのうち必ず迎えなくてはならない未来だとは考えております。が、正直申しまして、私にはその道すじまでは見えておりません。私に言えることは、もし仮にそれを成し遂げるものがいるとすれば、その者は驚異的な魔法の才を持つものではないと、そう思っております――」
と、レイモンドは答えた。
「それはどうしてでしょう?」
と、ニデリックが問い詰める。
「安寧をもたらすためには、力が均衡しなければなりません。現在の各国家間において、経済的な差はまだありますが、等しく分け与えられたものがあります。それは、人民です。この自由経済主義の根幹は、その根幹となる人民、ここでは貴族以外の平民を指しますが、それらの者たちが等しく住む場所を選べる権利を保有しているということです」
「ふむ」
「その為、各国家は自国の経済的価値を上げる政策を為し、争いを避ける傾向が強まりました。なぜなら、人民は争いの起こっている場所に移り住もうとするものは、一部の者を除いては、存在しないからです。つまり、戦争を起こすと人民が離れるのです。人民が離れれば、経済は低下し、財政が苦しくなり、ひいては軍事力の低下につながり、結局は弱体化の道を免れません。人民たちの自由出国権こそが現在の世界の安寧の根幹なのです。そして、現在の世界において経済的に最も発展しているこのヘラルドカッツがその根幹を強く推奨し続ける国家であるが故、各国家は自国の魅力や利点を伸ばし、住みよい国づくりに励んでいけるのです。わが国の王、カールス陛下は、常々仰られております。『まだ始まったばかりだ』と。ヘラルドカッツが発展した後には、各国に積極的に援助や支援をおくり、世界をより魅力ある豊かなものに変えていかねばならない、その先にようやく経済的自由と平等が生み出せるのだ、と。私はこの話を聞いて思うのです。魔術師の世界も「同じ」なのではないかと」
ここまでの話をニデリックはじっと聞いている。しかし、その瞳はまだなお、レイモンドを捕らえたままである。
「本当に『同じ』なのでしょうか――」
ニデリックはそう反問してきた。
もちろん、当然の問いだ。レイモンドもまた、『全く同じ』ではないことはよく理解している。
魔術師の世界はそんなに甘くない。
魔術師世界においては魔術の力量こそが全てであり、人民世界における「経済」のような「拠り所」が無いのである。つまり、それ以外に強弱を左右するものは何もないのだ。
「――もちろん、魔術師世界においては魔術の力量こそが全ての判断基準であり、それ以外には何もありません。強いて言えば「数」でしょうが、これも、単独か複数かの違いはあれど、結局は魔法力の「強さ」の基準の域を出ません。現在魔術師世界がそれ程の混乱を見せていないのは、偏に三大魔術師の存在によるものであり、その三方が全て小国の魔術院の長を務めておられるが故のことです。これはおそらく、数代前の院長ジェレミア・バウラン様のお取り計らいによるものでしょう――」
レイモンドは三大魔術師がかつてこのヘラルドカッツ国家魔術院に出向していたことも、当時の院長がジェレミアであることも調査済みだ。もちろん、その際に付した「二つの条件」に付いても知っている。
「――――」
ニデリックはただ黙って、レイモンドが自説の先を話すことを待ちつづけている。
「――三大魔術師――、つまり、現代における超級魔術師が、小国に在り、大きな影響力をもたず、全世界の魔術師を「監視」していることで、バランスがとられているのです。ただ、それは天秤の両皿の上に巨大な質量を持つ岩を乗せているようなもので、天秤さえもそのうちその重みに耐えられなくなって潰れてしまうかもしれません。そうなれば、一転して混沌の世界が訪れるでしょう。ですので今はまだ、「仮初の」安寧にすぎないのです。真の安寧は現在の形とは違う気がしています。おそらくジェレミアさまが望んでおられた魔術師世界の安寧とは、互いにその才覚を尊重し、認め合い、協力して世界平和につくし、世界の平和を監視し、その礎となるのが本来の魔術師の役割である、そういうものだと、そう理解しております。ですので、魔術師世界を統べるような強大な魔術師ではなく、むしろ、か弱きながらも、それに身を投じ、決してあきらめない確固たる決意を持ち、決して揺るがない矜持をもち、なお、弱き故に周囲の者に理解と協力を求められる人としての器をもつもの、つまりは、『普通の魔術師』でなければ成し遂げられないのではと、そう考えているのです――」
レイモンドは言うべきことは言えたのではないかと、我ながらよくもここまで話せたものだと、単純にそう、思った。
「なるほど――。それでは、レイモンド・ワーデル・ロジャッドよ。そなたがそれを為すがいい――と、私はそう思うに至りました。ですがほかの二人がどう思うかは二人でないとわかりません。近い将来、あなたのもとへ『あとの二人』も参上することでしょう。――ああ、それと、もう一人、キール・ヴァイス。彼もあなたを見定めに来るでしょう。私から言えるのはそれだけです――」
と、ニデリックが応えた。




