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お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。  作者: 永礼 経


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第37話 アステリッド・コルティーレ

 『赤い背表紙の本』は元あったところにそっと戻しておいた。次の読み手は誰であるかはわからないが、おそらく彼女になるのだろう。そんな気がする。


 キールは下宿宿へ戻るなり、早速『総覧』をめくり、「符号《root》」を探す。この中に在ってなおかつ4つにしか付いていない『root』という符号を探す。もちろん、文字は「root」とは書かれていない。全て古代文字で書かれているため、これまでの知識を総動員して、共通の文字列を探すのだ。


(くそっ! こんな時にパソコンがあればなぁ――)

そんな思いがふと頭をよぎる。

(ん? 今、何て? 「パソコン」ってなんだ?)


 キールは自身の頭に浮かんだ言葉の意味が理解できないでいた。いや、今はそんなことにかかずらわっている場合じゃない。「符号」を探さなきゃ。


 一心不乱に『総覧』をめくっているうちにさすがに夜は更け、真夜中を越えていた。これ以上は明日の仕事に差し支える。

 名残惜しいのを無理やり押し込めて、総覧にしおりを挟み、寝台ベッドに横になった。



――――――――



 次の日、キールはいつものようにカインズベルク大図書館で、古代文字関連の書物を探していた。

 しかしながら、魔術師ボウンの使っている言語は非常に特殊なもののようで、該当する古代文字関連の資料はなかなか発見できないでいる。

 

(残念ながら、この時代の図書館というものに電子データによる管理体型、データベースというものは存在していない。すべて手作業でやるしかないのだ――)

と、キールは思いながら、昨日と同じ違和感に襲われる。

(データベースって、何だよ?)


 不思議な感覚はそれからも幾度となく続いた。聞いたことのない言葉をあたかもよく知っているかのように頭の中で使()()()()()自分がいる。


 しかしそのどれもがこの世で見たことも聞いたこともないものなのだ。


(まさか、これも前世の記憶とかいうやつ?)

 もしそうだとすれば気を付けなければならない。うっかりこの世界の人に対して使ってしまったりしたら、頭のおかしい言葉の通じないやつだと思われてしまうだろう。



「あ、あの――」


 キールの横から不意に女性の声がした。


 こんなところで自分に声をかけてくる女性などいないはずだがと一瞬思ったが、あ、そういえばと思い、声の方角へ視線を移すと、やはり昨日の女学生だった。


「あ、君は、昨日の。ああそうだ、昨日の「赤い背表紙」は元のところに戻しておいたよ? 僕は先に読ませてもらったから、どうぞ、気にしないで。昨日戻しておいたところだから、まだあると思うけど――」

と言いかけて、そこでやっと気づく。


 その「赤い背表紙」はすでに彼女の腕の中に在った。

 女学生はそれを胸のあたりにしっかりと抱えていたのだ。


 さすがに女性に声を掛けられてすぐに()()()()()()視線を落とすのは躊躇ためらわれるというものだ。気づくのが遅れるのも当然と言える。


「あ、はい。昨日のところへ行ったら棚にあったので、確保しておきました。もしまだお読みでないならと思って、お姿をお見かけしたらお聞きしようと思っていたんです」

女学生は昨日と同じようにうつむき加減でそう言った。


「ああ、そうだったんだね。大丈夫、わざわざありがとう。僕はもう読んだので、どうぞ」

と返す。


「あ……、あの――」


「ん?」


「もしかして、前世の記憶とか覚えておられたりする方なんでしょうか――?」


 キールは一瞬彼女の言っている意味を理解しかねた。が、すぐに気持ちを立て直して静かに返す。

「どうして、そう思うの?」


 質問に質問を重ねる。これは主導権を奪うための布石だ。これに対する相手の出方で、ある程度、警戒すべき相手かどうかがわかる。


「あ、変、ですよね。こんな質問――。もしかしたら、同じような感覚や経験をお持ちの方なのかと思って――」

女学生が答えた。

 女学生からは警戒の反応は見られない。つまり、こちらの何かを探るというよりは、自分のほうが何かを求めているように見える。


「君()、前世の記憶をおぼえているのかい?」

キールは注意深く言葉を選んで質問を重ねる。「君も」ではなく「君は」とすることで、自分は違うと印象付けることができるかもしれない。


「あ……。そんなこと言う人間っておかしいと思いますよね。あ、すいません、わたし、もう行きます。気にしないで忘れてください」

女学生はそう言うと背を向けて立ち去ろうとした。


「待って! ごめん、悪かった。君を詮索するような聞き方をしてしまったようだね。僕が「記憶」というものについて調べているのは君の推察通りだよ。よかったら、少し話を聞かせてくれないかな?」

キールは思わずそう言ってしまった。しかしもう引き下がることはできない。

「僕はキール。キール・ヴァイス。よろしく、お嬢さん」


「あ、わ、私は――」


「アステリッド・コルティーレさん、だったね?」


「あ、はい……、魔術師教育学院の――」


「「3年生」」


 アステリッドの頬が赤くなるのが目に見えてわかる。


「昨日聞いたからね。覚えてるよ」

キールはそう言いながら、右手を差し出した。

「改めてよろしく、アステリッド。キール・ヴァイスだ。キールでいいよ」


「よ、宜しくお願いします。キール、さん――」



 これがキールとアステリッドの出会いだった。

 彼女、アステリッド・コルティーレは、のちにキールの右腕といわれる大魔術師となるが、それはまだまだ先の話だ。

 


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