第26話 去るものの行く先と残るものの決意
ミリアは放課後、いつものごとく王立書庫へ急いだ。
昨日のキールとのやり取りのあと、ああは言ったものの胸騒ぎが止まらなかったからだ。
(大丈夫よね――?)
そんな、祈りとも願いとも言えるような心痛な心持ちで、いつもの個室の扉をたたいた。
コンコンとむなしく扉の叩く音が響く。中からは返答がない。
(え――? ……や、やだ。やだよぉ……、キール――)
祈るような気持ちで扉を開けると、やはりそこには誰もいなかった。
(――! キール!?)
ミリアは弾かれるように王立書庫から駆け出す。鼓動が速くなり、目から涙があふれ出す。
王都の門を抜け、街道を一心不乱に走った。目指すのはキールの部屋だ。あの年末祭の料理、楽しかった時間がフィードバックしてくる。
あの部屋に、キールはいる! いてほしい! お願い――。
そんなことを考えながらただひたすらに駆けた。
やがて下宿宿が見え、その玄関口から飛び込むと、キールの部屋へと急ぐ。扉の前に立ち、もう少しの余裕もなく扉をけたたましくたたいて叫んだ。
「キール! キール! いるの? ねぇ! 返事……、返事をしてよぉ――」
部屋の中からは何の応答もない。
ミリアは扉の前にくずおれ、扉に頭を付けて、何度も何度も扉を叩いていた――。
少しして、そんな様子を聞きつけた下宿宿の女将がミリアのそばに寄ってきて、声をかけた。
「あんた、ミリアさんかい?」
赤くはらした目で、ミリアはその女将の声に反応して顔を上げた。
「あ、ああ……。そんなに泣きじゃくって。あの子も罪な子だね、まったく――。これをあんたに渡してくれって、頼まれてたんだよ。もし、僕の部屋に僕と同じぐらいの女の子が来たらってね――」
そう言って女将はミリアに一通の手紙を差し出した。
「じゃあね、お嬢さん。私の役目は終わったから行くよ? ああ、そうだ、よかったらこれ使って。気が済んだら玄関口のカウンターにでも置いといてくれればいいからね」
女将はミリアに手紙を渡すと、加えて部屋の鍵も渡してくれた。おそらく、キールの部屋の鍵だろう。
ミリアは鍵を使ってキールの部屋に入った。
部屋の中は整然としていて、整えられているが、人の気配はない。
しかし、荷物はある程度そのまま残っている。
あの日のテーブルも、キールが横になっていたベッドも、キールが座っていた机もそのままだ。
ミリアはなんとなくそのベッドに腰を下ろして、息をつく。
意を決して手紙の封を切り、中身を取り出すと紙片を広げて視線を落とした。
『ミリア。ごめん。突然のお別れになってしまったけど、許してほしい。これ以上君に迷惑をかけることは避けたかった。君が想像していることはおそらく正しい。でも、僕が言ったことも本当だ。ただ、このまま君と一緒にいる時間が長引けば長引くほど、君に危険が及んだり、君の将来に陰を落としたりするようにおもった。だから、ぼくはしばらくここを離れるよ。大学には一応休学届を提出してある。いつ戻れるのか、本当に戻れるのか、今はわからないけど、でも、戻ってくるよ必ず。心配はいらない。君のおかげで僕も自分の道を見つけることができた。この道は譲れない。必ず進んでみせる。再会できる日を楽しみにしている。親愛なる友へ。 キール・ヴァイス』
(やっぱり、あなただったのね――キール……)
ミリアは、目をこすると、その手紙を上着の内ポケットに押し込んだ。
キールは去ってしまった。彼を追うことは私にはかなわない望みだ。であるなら、出来ることはそんなに多くない。
(どうしてこんなことになったか、ちゃんと調べて、キールへ危険が及ばないことを確実にする。そうしてその報せが彼の耳に届けば、彼も戻ってこれるはずだ。そうだ、そう信じることにしよう)
ミリアは立ち上がって。今一度部屋を見回した。よく見るとやはり、キールの心情が見て取れる。
(キールは帰ってきたがっている――)
――――――――
その日から数日後、キールはケライヒシュール王国からさらに隣国へと足を延ばしていた。
隣国の名は、ヘラルドカッツ王国、この街の名は、カインズベルクだ。
ケライヒライクからさらに3日、馬車に揺られて辿り着いた。
カインズベルクは、ヘラルドカッツ王国の王都でもあり、街の大きさはメストリア王国の王都メストリーデとさほど変わらない規模がある。人口も多い。
(木を隠すには森の中というが、このぐらいの人口の街ならうまく紛れることができるだろう)
ケライヒライクは少し小さかった。隣国でもあるし、もう少し遠くで腰を落ち着けたかった。それでさらに足を延ばし、カインズベルクまで来たわけだ。
(さて、実家には連絡を入れておかないとだけど、何と言ったものか。いや、むしろ何も知らせない方が安全なのかもしれない)
キールは思い悩んだが、連絡は入れないことにした。
実家と言っても、父母はいつも留守にしているし、年老いた祖父がいるだけだ。まさかそんな老人まで巻き込むことはないだろう。第一、何のメリットもない。
そういや親父とお袋は今どこにいるんだろうな? まあ考えても仕方ないから考えないけど――。
「さあて、新しい拠点を探さないとな――」
キールは街の通りを人ごみの方へと歩いて行った。




